blanc 10 for lovers 02 「俺はあなたの何?」意外なことのようにも思うのだけれど。 街中などで犬や猫により懐かれるのは、啓太よりもむしろ中嶋のほうであることが多い。 人には興味を持たずに我が道をいく風情の猫が、気まぐれのようにするりと寄ってきては足許に頭を擦り付けて去って行ったり。 強そうで頭が良さそうでちょっと近寄りがたい感じの大型犬が、横断歩道で偶然横に立った中嶋の姿を見上げるなり服従の意を示すようにおとなしく伏せの体制を取ってみせたり(これはなんとなく分かる気がするけれど)。 お店の前でリードに繋がれたまま飼い主を待っている小型犬が、きょんきょんと鳴いてかまって欲しがったりする相手も、大抵は啓太ではなくて中嶋だ。 「動物は、本能で優しい人が分かるんですよ。きっと」 なんてうっかり云ってしまった時には、寮に戻ってからいつも以上に念を入れて散々な目に合わされながら「ごめんなさいもう云いません」と約束をさせれられてしまったので、もう二度とそんなことは口に出せないけれど。それでも。 中嶋としても多かれ少なかれ自覚があるからこそ、わざわざ啓太にそんな約束をさせたのに違いない。 そんな訳で。 今日も今日とて街に買い物に出た帰り道。 バス停近くのドラッグストアの前を通り過ぎようとした二人の前に。 ガードレールの支柱に繋がれたリードをいっぱいに引っ張り伸ばして、小さな身体全部で力いっぱい「かまって!かまって!」と主張をするポメラニアンが立ち塞がった。 仔犬が「かまって!」とつぶらな瞳を向ける先はやっぱり当然案の定、中嶋である。 「・・・・・・・・・・」 無表情に犬を見下ろす中嶋と、両の後ろ足を踏ん張って一歩も引かずにその視線を受け止めるポメラニアン。 「・・・・・・・・・・」 そしてそんな中嶋の対応を、こっそりわくわくと見上げている啓太。 「・・・・・・・・・・」 緊張感溢れる無言での数秒の攻防の後。 不意に、中嶋の眼差しが犬から逸れて啓太に向けられる。 「・・・・・?」 唐突に渡された視線の意味を問うように、啓太はことりと首を傾げた。 「・・・・・・・・・・」 するともう一度、確かめるように中嶋の視線がポメラニアンへと戻る。 ポメラニアンは先ほどと同じ体勢で、相変わらずじぃっと中嶋の顔を見上げている。 ・・・・・2匹。 そう、カウントした中嶋の心の声は、啓太には勿論聞こえなかった。 なので当然、次いで伸ばされた中嶋の手は、仔犬に向くのだろうと思っていたのだけれども。 実際にはその手は啓太のほうに伸びてきて、するりとそのまま啓太の頭を撫でる。 「?」 少し驚いた啓太は更に深く首を傾げて、「え、俺?」と視線で中嶋に問い掛けた。 中嶋は、そんな啓太に「フン」と鼻で笑って。 「もの欲しそうな顔をしているからだ」 「し、してないですよそんな顔っ!」 ここここんなところでっ、いいいいきなりなにを云いだすんですかっ!! と。 啓太は顔を真っ赤にしながらきょろきょろと周囲を窺いながら慌しく噴火する。 その啓太の動揺をたっぷりと堪能した後であっさり受け流した中嶋が。 「・・・・・」 くすり、と。 唐突に落とした優しい笑み。 「・・・・・ぁ」 うっかり無防備にその笑みの直撃を受けてしまった啓太は、ぴしりと硬直して固まった。 滅多に見れないそんな笑顔を、いつだって急に向けるのはずるいと思いながら。 それでも懲りずに毎回どきどきしてしまうのだから、好きになったほうが負けって本当だよなと・・・やっぱりどうしてもどきどきしてしまいながら、啓太はこっそり考える。 その啓太の反応に、満足そうに目を細めた中嶋は、啓太から視線を外すともう一度手を伸ばして、今度は「自分も!自分も!」とはふはふしている仔犬の頭を、するりとひと撫でした。 「・・・・、・・」 瞬間、もやりと胸に湧いた想いが。 犬と同じに扱われたことに対する不条理さだったのか。 それともまさか犬にまでヤキモチを妬いてしまったのかは分からなかったけれど。 「行くぞ、啓太」 促される、なんだかいつもよりも少しだけ優しい気のする声音と。 頭に残る掌の感触にくすぐったさを覚えながら。 「ぁ・・・・待ってくださいよ、中嶋さん!」 ちぎれそうな勢いで尻尾を振りつつ。 啓太は先に歩き出した大きな背中を、いつものように追い掛けた。 |