blanc 10 for lovers 02 「声が聴きたい」今年も、家族と一緒に賑やかに過ごした大晦日。 例年はこの後、みんなで年越しに合わせて近所の神社にお参りに行くのが恒例だった。 「お兄ちゃん、ほんとに行かないの?」 少し拗ねた口調の朋子は、出掛けの直前まで何度も同じことを訊ねていた。 いつまでも納得しようとしないそんな妹を「仕方がないでしょう」となだめてくれた母親も、父親も、きっと本心では、啓太も一緒に行ってほしいと思っていたのだと思う。 悪いことをしてしまったなと、そう思いながら。 それでも。 どうしても。 「・・・・・」 家族を送り出した数分前のやり取りを思い出して、ひとりぬくぬくとコタツに埋もれながら。 ほうっと小さく息をついた啓太は、そろそろかなと、顔を上げる。 テレビの画面に大写しされたカウントダウンの数字は、もうあと30秒。 いろんな出会いがあって。 いろんな出来事があって。 思い返そうにも中身が濃すぎて、すぐには回想しきれそうにないこの一年。 くるくると目まぐるしかった今年も、もう暮れていこうとしている。 この勢いでは、来年の自分がどこでなにをしているのかなんて、まったく想像できないや、と。 なんだかわくわくした気持ちになって、啓太はくすりと小さく笑った。 テレビの中では、出演者たちが声を揃えてのカウントダウンを始めたところ。 10・9・8・7・・・・・ 啓太も、コタツの上に用意しておいた携帯を手に取る。 6・5・4・3・・・・・ 誰よりも一番かけ慣れた、短縮0番のダイヤルに。 2・1・・・・・ 0時ちょうどに合わせて、電話を掛ける。 すると。 「・・・・・・・・・・・? ぇ・・・・・・あれ?」 左耳から聞こえてくるのは、新年明けましておめでとー、というテレビ番組の明るい歓声。 右耳から聞こえてくるのは、つーつーつー、という通話中を告げる味気ない通話音。 用意していた「あけましておめでとう!」の言葉は、外には出せずに、喉元で止まったまま。 そのまま思わず固まったまま、10秒間。 「は・・・・・・・・・話し中って、ど、どう・・・・っ」 どういうことだよ! と、目を剥いた啓太は。 ぺし! と八つ当たり気味に通話解除のボタンを人差し指で弾いた。 新年明けて、一番最初に話をしたいと思ったから。声を聞きたいと思ったから。 だから家族の誘いを断って、こっそり電話をするためにこうして家に残っていたというのに。 その電話が繋がらないのでは、どうしようもない。 だって、電話の相手は今は、仕事の都合でどうしようもなく海外だ。 簡単に会いに行って、顔を見て、話しをできるような距離じゃない。 「ぁ・・・・・そ、そっか・・・もしかして今も仕事中、とか・・・」 時差だってあるし。その可能性もある。 なんでそんなことに気が付かなかったんだろうと、年を越しても相変わらず無計画な自分と、今も異国でバリバリと仕事をこなしているのであろう恋人との立場の違いに、新年早々落ち込みかけた、そのとき。 「っ、わっ? ・・・・・・・ぇ?」 握り締めていた携帯が震えて。 驚きながらも条件反射で、啓太は液晶を確かめる。 「か・・・・和希っ?」 そこに、数秒前に自分から電話をかけた相手の名前を見つけて。 啓太は目を丸くする。 「ぁ・・・・切れちゃうよ! 出なきゃ!」 すっかり混乱しながらも、通話ボタンをどうにか押して。 慌てて携帯を耳に押し当てた。 「・・・・か、和希?」 『やっと捉まえた! 啓太! あけましておめでとう!』 「お、おめでとう・・・・・って和希お前っ、さっき、俺!」 『あはははは。もしかして、啓太も俺にかけてくれてただろ?』 「え? ぅ・・・うん、かけ・・・・・・・・・・・・・・ぇ?」 啓太『も』? 『やっぱり、俺たち同時にかけようとしてたんだな。話し中だったから、一瞬慌てたよ』 年明け早々啓太が、俺以外の誰かと話してるのかと思ってさ。と。 明るく告げる和希の声が、ようやくゆっくり頭に届いて。 徐々に徐々に、どうにか事態を理解して納得した啓太は。 「な・・・・なんだ、そっか・・・」 一気に脱力して。 ぱたりとコタツに突っ伏した。 『? 啓太? どした?』 黙り込んでしまった啓太を訝るように、和希が心配そうな声を聞かせる。 電話越しでも心配性。 お正月でもやっぱりいつもの和希だと、そう思ったら、むくむくとくすぐったさが湧き上がってきて。 こみ上げてくる笑いが止められなくなってしまう。 『おい、啓太? 大丈夫か?』 「うん・・・なんでもないよ。和希だなーと思ったら、なんか」 『? なんか?』 「なんか、嬉しくて」 云って、えへへと、啓太はようやく笑いを収めて身体を起こす。 『・・・・・・・・・・・』 すると、今度は和希から沈黙が返ってきて。 茶化すような真似をしてしまったから、もしかして怒らせてしまったのかと。 心配になった啓太は、そうっと名前を呼んでみる。 「あの・・・和希?」 『・・・・・・お前こそ』 「え?」 『お前こそ、相変わらず、啓太は啓太だよなあ』 「???」 参るよなあと続けて渡される言葉の意味が分からずに、困惑しきりの啓太を『まあ、いいから』と無理やり納得させてから。 和希はもうひとつのサプライズを啓太に渡す。 『今さ、空港に向かってる途中なんだ』 「え・・・」 『仕事、片が付いたから。これから帰るよ』 「ほんとにっ?」 『ああ。明日の夕方には日本に着くから』 「だったら俺、迎えに行くよ!」 『そっか、サンキュ』 時間が決まったら連絡するから、と。 そう告げる和希に「分かった」と答えて。 もうすぐ会える約束をしたことで、ほくほくと胸を暖かくしながら。 じゃあ明日と、幸せな気持ちで電話を切ろうとして、啓太は危うく思い出す。 「あ! 待った和希!」 『ん? なに、啓太?』 これを伝えておかなければ。 きっと、顔を見るまでうずうずし通しだ。 電話越しの、和希の顔を思い浮かべなら。 啓太は改めて、当初用意していた言葉を厳かに告げる。 「あけましておめでとう。今年も、よろしくな」 そうしてまた幸せな一年を。 一緒にすごそう。 |