blanc 10 for lovers 02 「緩くまわされた腕」今日は少し夜更しをしちゃったな。明日も学校があるんだし、早く寝ないと・・・と、机の上の時計を確かめながらいそいそとパジャマに着替えたところへ、部屋の扉がノックされた。 こんな時間に誰だろう・・・? 和希かな? それとももしかしたら・・・と少し期待をしてしまいながら、啓太は「はい」と返事を返す。 そうして扉に近づいて、ドアノブをつかんでそうっと開けた向こうには。 「こんばんは、伊藤くん」 もしかしたらの期待の通り、にこりといつも通りの笑みを浮かべた七条が立っている。 「七条さん! どうしたんですか?」 こんな時間に、とほんの少しの驚きを隠さずに軽く目を瞠って。 けれどもその驚きよりも大きな嬉しさに笑んで、ぱああと表情を明るくする啓太に。 濃紺のパジャマに同色のカーディガンを羽織った七条は、目許を優しく細めると「すみません」と告げる。 「もう眠っているようなら、諦めて部屋に戻ろうと思っていたのですが・・・」 そうして僅かに間を空けて、小さく小首を傾げてみせた。 「伊藤くん」 「? はい」 「今晩、僕と一緒に眠ってくれませんか?」 「・・・・ぇ・・」 ぽん、と何気なく渡された問い掛けに。 にこにこと笑んでいる七条の顔を見上げたまま、ぽ、と啓太の頬が赤くなる。 『一緒に眠る』とイコールで結びついてしまう想像が、愛情深い恋人のおかげで、ただひとつしか浮かばない。 けれども。 啓太のその反応に気付いていないはずもなかろうに、笑みのままの七条の口から、次に飛び出した言葉は。 「怖い夢を見てしまいました」 で。 「・・・・・・、・・・っ」 咄嗟に意味がつかめずに、意味をつかんで理解をすれば更に困惑は深まって。 啓太はすっかり石と化して、ぽかんと無防備に七条を見上げる。 「・・・・・」 「・・・・・」 数秒、まじまじと見詰め合うものの。 返される穏やかな笑顔からは、言葉以上のなにかを読み取ることは難しい。 ぇ・・・・・・えええええっとっ。 顔を見ていては落ち着かずに考えをまとめることもできないからと思って、啓太は一度視線を落とした。 そうして自分の爪先を見下ろしてぱちぱちと瞬きをしながら七条に告げられた言葉を、一生懸命に脳内でこね回して、何を云われたのかをもう一度ぐるぐると頑張って考え直して、たどり着いた結論は。 お・・・俺、もしかしてからかわれてる? で。 だって、怖い夢を見たからという理由で眠れない七条は想像がつかず。 そもそも夢を見て、眠れないほど怖いと感じる七条が想像できない。 例えば、怖い夢というのはどういう夢だろう? 啓太なりに怖い夢というものを考えてみるに、お化けやなにかに追い掛けられたり、知らない場所で迷子になったり、自分がなにか変てこなものになってしまったり、という辺りだろうか。 でも。 そ・・・そんな夢、七条さんだったらむしろ喜びそうって、いうか・・・っ。 やはりどう考えても『七条』と『怖い夢』というのが繋がらずに、啓太は悶々と悩みを深める。 ええと、でも・・・。 「・・・・・」 もう一度、確かめるようにそろりと窺った視線の先では。 「・・・・・」 変わらず、にこにこと邪気なく恋人が笑んでいる。 ・・・・・よ、読めない・・っ。 首を傾げたまま大人しく返答を待っている七条に、啓太の困惑は深まるばかりだ。 急かされているわけでは決してないのに、落ち着かずくるくると思考を空回りさせた挙句に結局啓太は。 け、けど別に、いやじゃないし・・・っ! 強引に結論付けると顔を上げて、七条を招き入れるために勢いよくドアノブを引いた。 「ええと・・・・ど、どうぞ!」 「ありがとう」 表情豊かに困り果てている啓太ににこりと笑って、七条は招かれるままに、黒い尻尾をふりふりと振りながら部屋に入った。 一緒のベッドにもぐりこむと。 するりと伸ばされた七条の腕が、当たり前のように啓太の躰を抱き寄せる。 広い胸の中にやんわりと包み込まれると、心地よい体温に安堵するような、それでいて落ち着かないような気持ちになって。 こんな親密な距離にはいつまでも慣れることのできない啓太は、どきどきと隠しようもなく鼓動を騒がせる。 「・・・・・」 薄いパジャマの生地一枚だけを隔てた頬に、落ち着いた七条の心音を感じていると。 せつないような気持ちになって、啓太は無意識に七条の胸に頬をすり寄せた。 懐くような仕草を見せる柔らかなくせ髪を、大きな手のひらが優しく、愛おしげに撫でる。 そうして七条は、ほう、っと深い息をひとつついた。 「なんだか安心しますね」 「?」 問うような眼差しを向ける啓太に、言葉通り、七条はとてもくつろいだ笑みを浮かべて。 啓太を抱く腕にそっと、もう少しだけ力を込めた。 そうしてまるで幼い子供が懐くような仕草で、抱き寄せたその細い首筋に鼻先を埋める。 「君はとても温かい」 「七条さん・・・」 首筋にかかる温かな吐息がくすぐったい。 それでも、セクシャルな意味合いを含まないその仕草に愛しさを覚えて。 啓太は七条の大きな背中にそうっと腕を回すと、そのままぎゅっと抱きついて胸に深く顔を埋めた。 「七条さんも、温かいです」 「そうですか?」 「はい、安心します」 えへへとテレ笑いの啓太の瞼に、ちゅと小さなキスが落ちる。 眠りを誘うような、優しいキスが。 「おやすみなさい、伊藤くん」 耳に心地よい囁きに笑んで。 啓太からも、恋人の唇におやすみのキスをひとつ。 「おやすみなさい、七条さん・・・」 たまにはこんな、穏やかな夜。 ぬくもりを分け合って、ゆっくり目を閉じて。 満ち足りた気持ちで、今日のところは静かにいい子で。 おやすみなさい。 |