blanc 10 for lovers 04 「素直な気持ち」「たまには云ってくれたっていいじゃないですか!」 ついにキレて、啓太が喚いた。 ついにというか。 「いつもいつも俺にばっかり好きとか、は、恥ずかしいこととか、いっぱい、云わせて!」 恋人の不条理な愛情表現に対して、たまにこうしてキレる。 「なのに中嶋さんは全然そういうことっ、云ってくれたことなんかなくて!」 それでもある程度キャンキャンと喚くだけ喚くと、いつもたいてい収束するのだ。 喚き疲れて息をつく頃合を見計られて、気のない調子で「気が済んだか?」とか「それで?」とか云われて。 募る不条理さに言葉を詰まらせた啓太が半泣きになったところを、キスや、もっとそれ以上のことでとろとろにとろかされて、言葉以外の手段でたっぷりと気持ちを教えられて、丸く収まる。 けれども、なぜか今日に限っては。 息をつく啓太を見下ろす眼鏡越しの鋭い眼差しが、面白がるように不穏に光ったかと思うと。 「ほう?」 と答えた中嶋は、顎を上げて高く両腕を組んだ。 語尾が。なんだかヤバげに愉しげに上がっている。 「そんなに云ってほしいのか」 「・・・・っ、ぅ・・・・」 「どうなんだ」 「ほ、ほしいです! ほしいに決まってるじゃないですか!」 普段と異なる展開に、既に後悔に言葉の勢いを衰えさせながらも、引くに引けずに負けずに啓太も喚き返す。 相変わらず動じない中嶋は鼻を鳴らすと、伸ばした長い腕の中に、ぐいと啓太の躰を抱き込んだ。 「・・・・、ゃ・・っ」 そうして、またなにか無体なことをされるんだと、おののいてすくんだその耳許に鼻先を寄せて。 「―――・・・・・」「愛している」 低い囁きが落とされた途端。 ぽすん! と音を立てる勢いで面白いように啓太の顔が赤くなる。 元々大きな青い瞳を、零れ落ちんばかりに大きく瞠った思い通りの素直な反応にニヤリと笑って。 「―――――・・・・・・・・」「俺が抱こうと思うのはお前だけだ、啓太」 続けて囁かれた艶のある低音に。 ひゅーっと息を呑んだ啓太は、瞳孔すら開きかねない勢いで目を剥いてますます真っ赤に茹だる。 その耳許に更にもう一言、と。 顔を寄せられて。 軽く息を吸う気配があって。 「も、ももももうっ、いいです十分です! ちょちょちょちょっと待ってください!」 啓太は危うく死にそうになりながら、両手で耳を押さえてずざざとあとずさった。 心臓が、口から飛び出してきそうに跳ねている。 これ以上なにか云われたら、本当に口から出てきてしまうかもしれない。 「どうした。云って欲しいんじゃなかったのか?」 右の口端を上げて傲然と笑う恋人を見上げる啓太は、駄々をこねていたさっきとは違う意味ですっかり涙目だ。 心の準備もムードもへったくれもなくケンカの延長上で唐突に紡がれた言葉だというのに、こんなこんな・・・あっけなくどきどきとさせられて。 「中嶋さん・・・」 確かに願いを叶えてもらったというのに。 どうしてか拗ねてしまう口調がどうしようもなく震える。 「ず・・・ずるいですよ、もう」 たった二言でこんなにも簡単に幸せになってしまっている自分は、いったいなんて単純でお手軽なのだろうかと。 くったりと項垂れながらもやっぱりどうしたってメロメロにされてしまっている自覚のある啓太には。 自分のその素直な反応が、天邪鬼な恋人をメロメロにしている自覚はまったくない。 「啓太」 ぐいと腰を抱かれてあっさり連れ戻された腕の中で、恨めしげに向ける上目遣いが。 どんな効果を発しているのかも、また。 「云えというから云ってやったのに、今度はやめろか」 「だ、だってそれは中嶋さんが・・・」 「本当に我侭な子だな、お前は」 「・・・・・」 一方的な揶揄になにか云い返したくてむずむずしたけれど。 見下ろす瞳に潜む思わぬ甘さに、啓太は思わず黙り込む。 「それに」 もはや癇癪を持続することはすっかり難しく、思わずうっとりしてしまっている啓太の気持ちの変化になんて。 中嶋はきっと、当たり前のように気が付いているのだろう。 「欲しいのは言葉だけじゃないんだろう?」 隠している気持ちを容赦なく言葉にされる恥ずかしさと、全てを知られていることへの安堵に。 身のうちでうずきだした熱を耐えられず、啓太はほうっと熱い息をつく。 「啓太」 望みを言葉にしてみせろと、結局いつだってこんな風に追い詰められて。 今日も今日とて言葉だけじゃなく、輪をかけて丸め込まれるのであろう予感と期待に震えながら。 「俺・・・俺は、中嶋さんが・・・」 望むまま望まれるままに啓太は両手を伸ばして、ぎゅうっと中嶋の首にしがみついた。 |