blanc 10 for lovers 04 「こっちを向いて」





 いっそのこと弓道部に入ってしまえばいいのかもしれない。
 でもそうしたらこんな風にのんびりと、あの人が弓を射る姿を見てばかりもいられなくなるんだろうなと考えると、それも惜しくて。

「いつでも見学に来てくれてかまわないぞ」

 という篠宮の・・・弓道部部長であり啓太の恋人でもある篠宮の言葉に甘えてしまって、啓太は相変わらず、なんだか中途半端な立場でいる。
 部員でもないのに部員たちの誰よりも足げしく弓道場に通って、篠宮が弓を引く姿を眺めて。

 初めは、射た矢が的に当たるかどうかでしか、凄さの基準を量ることができなかったけれど。
 毎日のように見ているうちに、弓を引く篠宮の立ち姿の美しさに気付きはじめた。
 弓道というのは、矢が的に当たるかどうかだけではなく、射形の美しさも評価の対象になるのだと聞いて。
 なるほどなと頷いたものである。

 弓構えから打起し。
 ゆっくりと静かに、力強い引分け。
 とても自然な美しい形の、気迫の籠もった会。
 きりきりと引き絞られる弦と空気。
 いつだって生真面目な篠宮の眼差しは、弓を放つその瞬間、いつもよりももっとずっと凛々しく研ぎ澄まされる。
 そうして啓太は、その瞳が映しているのが自分でないことに、なんだか少し胸が痛くなる。

 俺、どうしたいんだろう・・・。

 一緒に弓を引いて、同じ目線でものを見たいのか。
 弓道をしているときの篠宮が、啓太の存在をまったく忘れ去ってしまっている風なのが寂しいのか。
 当たり前のことだけれど、啓太よりもよほど長く篠宮との付き合いのある弓道自体にヤキモチを妬いているのか・・・。
 はっきりとは分からずに、それでももやもやと少し苦しいような気持ちで小さく息をつくと同時に。
 丁度に放たれた矢が、風を切って的のほうへと飛んでいった。

 矢の軌跡を追う篠宮の横顔を、真っ直ぐに見つめたまま。
 タン! と響いた鼓の叩くような音で、矢が的に当たったのを知る。

 音を追ってゆっくりとめぐらせた視線の先。
 矢は、的のど真ん中に当たっていた。
 やっぱりすごい。
 乱れのない軌跡は、集中力の賜物だ。
 そんな風に真面目に弓道に取り組んでいる篠宮をただぼんやりと眺めて、そのうえこっちを向いてくれないからといって拗ねているなんて、我侭だよなと少し落ち込む。
 なにをする訳でもないくせに毎日こうして見学を許してもらっているだけで、十分に甘やかされているというのに。

「・・・・・?」

 考えに沈んでいると。
 ふと、視線を感じたような気がして、啓太は顔を上げて射場のほうを見た。
 と。

「・・・・ぁ・・」

 篠宮が、こっちを見ている。
 向けられるその眼差しは、他ではあり得ないくらい甘く優しい。

「篠宮さん・・・」

 ちゃんと啓太のことを気に掛けてくれている。
 それが分かった途端に、それだけのことでふわりと胸が温かくなって、胸のうちにあった焦りみたいなもやもやが消えていく気がした。
 俺って単純だなあ、こんなに篠宮さんが好きなんだなあと、啓太は少し困ってしまいながら笑みを返す。
 すると、次いで。

「・・・・ぇ・・?」

 手招きをされて。
 意図がわからずに首を傾げると、優しい笑みのまま篠宮は、手の中の弓を軽く掲げてみせる。
 啓太もやってみないか、と誘ってくれているらしい。

 勿論、異議があるはずもなく。
 啓太はいそいそと立ち上がる。

 弓を教えてもらうこと。
 一緒に練習をすること。
 そのことがこんなにも嬉しいのだがら、やっぱり本当に、弓道部に入ってしまえばよいのかもしれない。

 近づく啓太に向けられる、恋人特有の優しい眼差し。
 もし仮に的とか矢とか弓とかがこの眼差しにヤキモチを妬いたって、絶対に絶対に分けてなんかあげない。

「弓道部に入る気には、まだならないか?」
「今ちょうどそうしようかなって、考えてたところだったんです」

 心にあった思いを言い当てられるような言葉に、くすぐったい気持ちで笑って。
 啓太は弓を受け取るために両手を差し出した。





ほのぼのと、なんだか常春な人たちです。
篠啓の啓太は、他のカプのときよりちょっと素行が優等生かなと思います。

話の中では啓太は弓道部に入る腹をくくったようですが
啓太が弓道部に入ったとして
試合前に緊張している啓太の手を取った篠宮が
「大丈夫だ。お前は頑張っているし、俺がついてる」
とかなんとか云って啓太を励ましたり・・・とかも萌えですねv


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