おばかわんこな七題

   「おすわり」を命じられたらキミのとなり





 久しぶりにすっきりと目の覚めた月曜日。
 朝の準備を終えて早めの時間にやってきた食堂は、朝練に向かうとおぼしき生徒たちでなかなかの混み具合だ。
 みんないつもこんなに早起きしてるのかなと感心しながら、啓太は朝食のトレーを持って窓際の席に腰を下ろした。
 窓から差し込む朝日が心地よい。今日もとてもいい天気だ。
 こんがりきつね色に焼けたトーストを手にとって、マーガリンとたっぷりのイチゴジャムを塗り。
 そうして両手で持ち上げたトーストを、今まさにかじろうと大きく口をあけたところで。

「おはようございます伊藤くん」

 右脇の通路のほうから不意に声をかけられて、啓太は口を開けたまま声の主のほうに顔を向ける。

「? ……あ、七条さん! おはようございます」
「おはようございます。今朝は早いんですね」
「はい。なんだかすっきり目が覚めちゃって」

 そうですか、と笑みで頷いた七条は、次いで視線を啓太の朝食プレートに落とす。

「おや、珍しいですね、トーストに目玉焼き」

 確かに啓太はいつも朝食にはご飯と味噌汁派なのでパンを選ぶのは珍しい。
 恋人に、自分のことを当たり前のように知っていてもらえるのは、なんだかくすぐったくて嬉しい。

「ちょうど選んでるときにパンの焼ける音がして、いい匂いがしたから、つい」
「僕も同じですよ。バターのいい香りがしたので」
「あ、ほんとだクロワッサン。俺もどっちにしようか迷ったんですけど、イチゴジャムが美味しそうだったから」

 そう云って啓太はジャムをたっぷり乗せたトーストを軽く掲げて見せる。
 本当に美味しそうですねと笑って頷く七条は、けれどもいつまでたっても、啓太の脇でトレーを持ったまま立っている。
 いつもならば顔を合わせてすぐに「お隣いいですか?」なんて云って啓太の隣に座るのに。

「あの、七条さん」
「はい」
「ええと……良かったら隣、座りませんか?」
「ええ、では失礼します」

 どうしたのかなと思いながらそう声をかけると、七条はにっこりと頷いてあっさりと啓太の隣に座った。

「?」

 たいしたことではないけど、やっぱり不思議に思いながらトーストをかじる。
 そうしてもくもくと、かじったトーストを飲み込んでカフェオレを飲んだあともやっぱりまだちょっと不思議だったので聞いてみることにした。

「あの、七条さん」
「はい?」

 ヨーグルトをすくったスプーンを口元に持っていく途中で動きを止めて、七条は啓太に笑みを向ける。

「ええと・・・」

 そんな風に、にっこりな笑顔を向けられるとなんだか聞きづらい。
 そんなに大したことではないし。
 ただ少し、気になっただけだし。
 なんと云ったらよいのか分からずに、斜め上にある七条の顔を悶々としながら見上げていると。

「………」

 七条はフフフと笑ってスプーンをおろした。
 そうして少し身体の向きを変えて、啓太のほうを向く。

「待っていたんですよ」
「?」
「君から云ってくれるのを」
「俺から?」
「ええ、『隣に座りませんか』って」
「???」

 七条が云うのと啓太が云うのとでどう違うのか、啓太には良く分からなかったのだけれども。

「………」

 なんだかうきうきと待たれているような気配を感じたので、改めて云ってみることにする。

「ええと、じゃあ」

 持ったままでいたトーストを皿に戻して。
 指先に付いたパンくずをぱたぱたと払って落としてから。
 啓太も体の向きを変えて七条と向き合った。
 そうしてちゃんと正面から顔を見上げて。

「いつも座ってください、隣」
「はい、よろこんで」

 即答をする七条にえへへと笑って見せてから。
 なんだかテレくさくなったので、啓太は慌てて正面に向き直ってトーストを手に取った。
 フフフと幸せに笑み崩れている七条の顔には、気づかずに。


 翌日の朝食の席で啓太と並んで和やかに朝食をとっていた和希が「すみません遠藤くんそこは僕の席なのですが」と似非爽やかな笑顔の七条にどかされることになるのは。
 また別の話。





夏コミ原稿が上がったのでちまちま書き進めていた七啓お題をアップ。
あんまりにも七啓にぴったりなお題ではないですか。
7話目を七条誕生日にアップできるようなペースを目指して。


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