noir 10 for lovers 03 「待ち合わせは5分前に到着を」「ど、どうしよう・・・っ、30分も遅刻だよ!」 炎天下の街中を、啓太はばたばたと慌しく駆け抜ける。 待ち合わせ時間から15分は余裕をみていたのに、バス停を降りたところで見ず知らずおばあちゃんに呼び止められて、駅までの道を聞かれて。 お年寄りのSOSを断れるはずのない啓太は、思い切り親切に駅までの道を手を引いて案内してあげてしまった。 こんなときに限って携帯を忘れているものだから、遅刻の連絡もできずに30分オーバー。 「俊介、まだいるかな・・・っ」 慌てて滑り込んだショッピングアーケード。 休日の人込みを縫って、待ち合わせ場所の時計台に走り寄る。 そうして辺りをくるくると見回すけれど・・・俊介の姿は見付からない。 「どうしよう・・・もしかして怒ってもう帰ちゃった、とか」 なんだかんだ云いながらも気のいい啓太の恋人は、お前は人が好すぎるんやとか、いい加減断ること覚えなとか云って、啓太を軽く小突くくらいはするだろうけれど。 きっと待っていてくれるに違いない・・・とは思いつつも、姿が見えなければ不安になる。 おろおろしながら背伸びをしたり、周囲を見回したりしているその途中。 ぴんぽんぱんぽーん。 と、お気楽な調子の館内放送が流れはじめた。 『お客様の、お呼び出しを申し上げます』 鳴り響く放送に、啓太はなぜか嫌な予感を覚えて耳を澄ます。 そうして、人間誰しもこういうときの予感は当たるものなのだ。 『ベルリバティスクール、学園MVP、伊藤啓太様。 ベルリバティスクール、学園MVP、伊藤啓太様』 「―――――っ!!!」 啓太は目を剥いて固まった。 お・・・俺っ?! 『お連れ様のダーリン様が 先週一緒にクレープを食べた思い出の場所でお待ちです』 「〜〜〜〜〜っ!!!」 心当たりのある放送の内容に、啓太はひっくり返りそうになる。 確かに行った! 先週、二人でクレープ屋に! でも! よりにもよって、こんな意趣返し!!! うひゃひゃと爆笑している俊介の姿が、あまりにもたやすく想像できてしまう。 『ベルリバティスクール、学園MVP、伊藤啓太様。 ベルリバティスクール、学園MVP、伊藤啓太様』 「・・・・、・・・・っ・・」 これでもかと連呼されて、啓太は遠のきそうになる意識をどうにかぎりぎりで繋ぎとめた。 放送を止められるものならば今すぐ止めたいが、途中で止められる訳もない。 『お連れ様のダーリン様が・・・・・』 「あんの・・・バカ――――っ!!!」 喚いたことで自分が伊藤啓太ですと主張してしまっていることにも気付かずに。 啓太はつむじから湯気を噴出しながら、件のクレープ屋に向かって駆け出した。 一方、クレープ屋の前では、堪えきれない笑いに口許をぷすぷすと緩ませて、今日のクレープは啓太の奢りやな〜なんて考えながら、ほくほくと俊介が待っていた。 啓太と落ち合ってしまうことで自分が放送の「ダーリン様」であることがばれてしまうということには、幸か不幸かまだ思い至らずに。 二人揃って恥ずかしさにあまりに。 無い穴を掘ってでも埋まりたくなるまで、あと5分・・・。 |