noir 10 for lovers 03 「すれ違う瞬間に貴方を思う」待ち合わせ場所に向かう道すがら、青信号に変わった横断歩道を渡っている最中に。 すれ違った女の人の、胸許のネックレスに目がいった。 繊細なシルバーの鎖のトップで揺れる、小さな紫色の・・・多分あれはアメジストの飾り石。 どうして気になったのかなと、少しだけ考えて。 けれどもその答えはすぐに出る。 「ぁ・・・・・」 柔らかな銀色と、淡い紫色。 その組み合わせから、真っ先に思い描く相手は唯一人。 これから向かう待ち合わせ場所で、落ち合うはずの。 そっか、七条さんと同じだから・・・。 思った途端、早く早く会いたくなって。 早く早く、顔を見たくなる。 どんなに凝った意匠でも、どんな大きな石でもきっと敵わない。 温かな光を宿して啓太を映す、啓太だけの、綺麗な綺麗なアメジスト。 瞳の色と一緒に、脳裏に思い浮かべた七条の表情は。 気が付くといつも向けられている、甘くて優しい恋人の笑み。 「・・・・・」 とくとくと騒ぎ出してしまった鼓動を感じながら、啓太は時計台を振り仰ぐ。 見上げた大きな時計の針が示す角度は、約束の時刻にはまだ少し余裕がある。 それでも、弾んで待ちきれない気持ちのままに。 晴れた空の下、アスファルトを蹴って、啓太は待ち合わせ場所に向かって駆け出した。 どんなに人がたくさんいても、すぐに見付け出すことのできる銀色の髪。 それは目指す相手の背が大きいから、人波よりも頭ひとつ分上に出ているから見分けやすいとかそういうことではなくて。 なにかもっと、感覚的なものに近い。 あの辺にいるかな、いるような気がするなと感じた場所に、たいてい姿を見つけることができるのだ。 啓太の恋人は日々なにかと魔法みたいな演出でもって、啓太のことを驚かせたり困らせたり幸せにしたりしてくれるから、もしかしたらこれもその一環なのかもしれない。 そう考えてみただけでまた少し幸せになって、口許が緩んでしまいそうになって。 俺って本当に七条さんのことが好きなんだなあと、そう想って、またもう少し幸せになる。 「・・・・・?」 そうしてくるりとめぐらせた視線の先。 駅前の花壇の前の待ち合わせスペースに、啓太は今日もすぐに七条の姿を見つけた。 「ぁ・・・・七条さん!」 ふわりと胸のうちが温かくなって、どうにか引き締めてとどめていた口許が、ほろりと綻んで笑みになる。 七条のほうは、啓太が見付けるよりも先に啓太の姿に気付いていたようで。 駆け寄る啓太に、にこりと笑って軽く手を挙げた。 「伊藤くん、早かったですね」 隠し切れず嬉しそうな啓太を笑みで迎えて、まだ10分前ですよと七条は云うけれど。 まだ10分前なのに、待ち合わせ場所に着いていたのはお互い様で。 早く早く会いたいと想った気持ちも一緒かなと考えたら、なんだか嬉しくてくすぐったくて。 啓太はますます幸せな気持ちで、とろりと眼を細くする。 そうして。 「・・・・・」 見上げた、淡い紫の瞳。 大好きなその色は、今日もとても優しい想いをたたえて、啓太の姿を映している。 それに・・・。 「どうしました?」 「いえ・・・なんでも、ないです」 「ナイショですか?」 はにかんでかむりを振る啓太に、「そんなに楽しそうなのに僕には教えてくれないのですか?」と。 悪戯っぽくきらめくアメジストは、さっき見たペンダントトップよりもずっとずっと温かくて綺麗で。 なにより、たくさんの気持ちをその眼差しに込めて啓太を見つめ返してくれる、特別で大切な宝物だ。 誇らしいようなくすぐったいような気持ちになって、啓太はへへへと笑みを深くする。 そんなにも幸せそうに独り占めされた隠し事を、七条が放っておいてくれるはずはないし。 啓太も啓太で、本当は早く早く話したくて仕方がないから。 だから、こんな風に。 ねだる口調で優しく名前を呼ばれてしまえば。 「啓太くん・・・?」 ナイショを保っていられるのなんて。 どうやら本当に、ほんの少しの間だけのこと。 「七条さん・・・俺、さっきここに来る途中で・・・っ」 待ちきれないように話し出す啓太に向けられているのは。 啓太を見るとき以外にはあり得ない、甘い甘い紫色の瞳。 けれどもその七条を見返す、好きな気持ちがたくさん詰まった啓太の眼差しも。 いつの間にかしっかりと、甘やかにきらめく、恋人仕様――――・・・・ |