noir 10 for lovers 03 「背中に爪を立てる」「・・・っ、ふ・・・・ぁ・・・・ぁあっ」 深い場所を幾度も抉られて、繊細な部分ばかりを立て続けに攻められて。 啓太はとろけそうになる意識の中、震える指先を伸ばして、懸命に七条の背にしがみつく。 「・・・・・っ、ん・・・っぁ、ん・・」 「啓太くん・・・っ」 かり、と。弱々しく肌を掻いて縋る指先の感触を背に覚えながら。 もっと確かな、求められている証を欲して。 衝動のままに七条は、柔らかく絡みつく粘膜を擦って、無防備な最奥を強く突き上げる。 「・・・っ、啓太くん」 「・・ぁ・・・・ゃ、ぁあ、っ」 応えるせつなげな嬌声とともに、くっと力のこもった爪先が浅く皮膚を裂く。 微かなその痛みに一瞬眉をひそめた七条は、次の瞬間には汗に濡れた表情に艶めいた笑みを浮かべて。 「・・・っ、・・・・・ぉみ、さ・・・っ?」 落とされた笑みの意味を問うように、惑うように向けられる熱っぽく潤んだ瞳に。 いいえと眼差しで応えて、それ以上の言葉を封じてしまうように、喘ぐ吐息ごとキスに飲み込んで。 そのまま差し入れた舌先で口腔を深く探りながら。 「・・・・っ、ん・・・、ぅ・・・・・ん・・っ」 七条を受け入れて震える、やんわりと触れただけでも泣き出してしまうような感じやすい場所を。 強く、深く、幾度も擦り上げると。 「・・・ん・・っ、・・・・あっ、あっ・・ぁ、ぁあっ!」 胸の下に閉じ込めた啓太の躰が。 甘く甲高い嬌声と共に、しなやかに反り返った。 強すぎる快感の名残に震える躰を、なだめるように腕に抱いて。 互いの息がようやく整う頃、まだ火照りのとれない肌の上、汗のにじむ額の生え際に七条は優しいキスを落とす。 「・・・大丈夫ですか?」 「・・・は、ぃ・・」 散々に鳴いたせいですっかりかすれてしまっている声が、それでも健気に答えると。 額から目許へと、笑みを含んだキスが移って。 「少し、無理をさせてしまいましたね」 「そんな、こと・・・」 「ありますよ。だって動けないでしょう?」 愛しげな響きを隠さずに告げられる言葉の通りに。 啓太の躰は、腕を持ち上げることも億劫なくらい、くったりと疲れきっている。 だからといってどうしてそうなったのかを思えば、恥ずかしさにその答えを口に乗せることもできずに。 「・・・・・」 熱の名残という理由だけではなく頬を上気させた啓太は、困り果てて七条の胸許に顔を埋めて黙り込む。 「・・・少し待っていてください」 その物慣れない仕草にフフと吐息が笑んで、隠れようとする額に、鼻先に、順にキスが落ちて。 気恥ずかしさと、優しく触れる唇の心地よさとに、啓太がとろりと目を瞑ると。 わずかにベッドがきしんで、揺れて。 ゆっくりと瞬いた視界には、ベッドから身を起こす七条の姿が映る。 起き上がれない啓太のためにいつもそうしてくれるように、温かく濡らしたタオルを取りに行くのだろう。 ベッドサイドのオレンジ色の明かりは、細く絞ってある上に逆光だから、輪郭くらいしか分からないけれど。 ぼんやりと目に映るのは、鍛えている印象なんてまったくないのに、すっきりと引き締まった七条の大きな体躯。 その逞しさに改めて気付くと、とくんと胸が高鳴って。 同性の身体なのにどうしてこんなにどきどきするんだろうと、今更ながらに戸惑って、啓太は視線を泳がせる。 と。 さまよった視線の先の。 まだ七条のぬくもりが残っている辺り。 「?」 シーツの上に、なにか赤いもの、が・・・。 「? ・・・・・ぇ!」 血っ?! 認識した途端。 目を丸くした啓太は両腕になけなしの力を込めて、慌てて上体を起こした。 「し、七条さんっ、どこかケガを・・・・・・っ、ぁ」 そうして見上げた大きな背中の、左右の肩甲骨の辺りには。 くっきりと、まだ真新しく血の滲んでいる小さな傷が、あって。 「―――――・・・っ!」 それがいわゆる爪痕だということと、どうしてそこにそんなものがあるのかということを一気に理解した途端。 謝ったらいいのか誤魔化したらいいのかどうしようかと惑った啓太は結局、そのどちらを実行に移すよりも先に、なすすべなくぽすんと音を立てて熟して。 耳どころかつむじまで、一気に真っ赤にほてらせた。 「・・・どうしました?」 はくはくと呼吸困難に陥っている啓太を見下ろして。 不思議そうに問いかける口調で小首を傾げた七条が、起き上がった啓太と顔を合わせるようにして、ベッドの端に腰を下ろす。 だけれども。どう考えても。 啓太がなにに気付いたのか、七条は絶対に気が付いているはずだ。 「啓太くん?」 だって、背中の向こうでふりふりと黒い尻尾が揺れている。 「し、七条さん、あの・・・」 「はい、なんですか?」 「いえ、あの・・・」 「はい?」 「ど、どうしてそんなに・・・」 口ごもるたび、促すようににこにこと上機嫌な笑みを返されて。 やっぱり絶対気が付いてるよと軽く途方に暮れながら、どう訊いたらよいものかと困惑する啓太に。 「どうしてそんなに機嫌がよさそうなのか、ですか?」 こんなときばかりうきうきと助け舟を出す七条を。 啓太も少し警戒すればよいものを、詰まらせた言葉の先を察してくれたことにあっさりとほっとして、こくんと頷き返してしまう。 「は・・・はい。あの、機嫌がいいっていうか、嬉しそうって、いうか」 「そうみえますか?」 「み、みえます」 こくこくともう一度頷く啓太に。 フフ、と七条は目許を甘くする。 「だって、伊藤くんは普段は、僕の身体に傷をつけたりはしないでしょう?」 「当たり前です!」 当たり前のことをわざわざ確認されて、少しショックを受けた啓太が慌てて身を乗り出すと。 分かっていますよ、と七条の手のひらがぽんぽんとその頭をなだめる。 「それなのにこうして僕の背中に爪痕を残してくれたのは」 そのままするりと頬を撫でた指先は。 あやすように、くすぐるように、輪郭を辿って喉許へ。 「制御不能だったってことかなと思いまして」 「え」 ひたりと眼差しを合わせたまま。 顎に添えられてつっかえ棒にされている長い人差し指のせいで、顔を動かせないまま。 「僕の背中に傷が付くかもしれないとか、そういうことを考えられる余裕がないくらい」 渡されるのはとても親切な分かりやすい説明の言葉と、にこにこと裏のなさそうで実はあるに違いない穏やかな笑顔。 「それだけ君が、僕との行為に夢中になってくれていたということかなと思・・・」 「もももももうっ、いいですっ!」 啓太は慌てて七条の言葉を遮って、両手でその口をふさぐ。 これ以上なにか云われたら、恥ずかしさにひっくり返ってしまうに違いない。 「・・・伊藤くん」 もこもこと、手のひら越しの少しくぐもった声に愛しさがにじむ。 こういう、驚いたり恥ずかしがったりの素直な反応こそが。 七条の悪戯心と恋心とを刺激してやまないのだということに、どうして啓太は気付かないのだろう? まあそういうところも、可愛いんですけど。 フフフと笑みを深めた七条は、涙目になっている啓太の手をやんわりとはずして。 その右手の爪先に、次いでほてった目許に、ちゅんと小さくキスをする。 「七条さ・・・、っ」 「大好きですよ、啓太くん」 そうして甘い囁きと。 情熱的な君も、恥ずかしがり屋の君も、ね。と。 啓太がひっくり返ってしまわないように、胸の中でこっそりと付け加えて。 |