noir 10 for lovers 04 「もう黙って」深夜0時を回った、寮の自室。 窓の外も寮の中も、この時間になるとさすがにしんと静かに静まり返る。 啓太も、今日の分の宿題を終えて。お風呂にも入って。 ベッドの端に腰掛けてのんびりと、手の中のマグカップの蜂蜜入りのミルクティの湯気を吹いている。 勿論、一人きりならばこんな優雅な時間を過ごすことはあり得ない。 濡れたままの髪をそのままにして眠ってしまっては、翌朝クセ髪が大爆発を起こして大変なことになってしまうことが分かっているから。 タオルとドライヤーとを駆使してムキになって髪を乾かさなければならないのだけれども。 今日は。 「――――――・・・・・」 するすると髪を梳いてくれる心地よい指先の感触と、ふわふわと気持ちのよいドライヤーの温風と。 それから・・・。 「まだ熱いですから、火傷をしないように気をつけてくださいね」 優しく啓太を気遣う、甘い声音に。 ほくほくと幸せな気持ちになりながら、啓太は「はい」とはにかんで頷いた。 啓太の髪を、丁寧に丁寧に優しく乾かしてくれている恋人・・・七条臣は、啓太を甘やかすことに関しては他の誰の追随も許さない。 というより、その特権があるのは僕だけなのですからと、遠慮をしたり恥ずかしがったりして止めようとする啓太をなだめてすかして、ときには泣き落としのようなずるい手段まで行使して、隙あらば啓太をとろとろに甘やかすのだ。 けれども、そんな風に手放しに甘やかされることには慣れることはできないし、慣れちゃ駄目だとも思うから。 今日だって啓太なりに抵抗して、髪くらい自分で乾かしますからと云って頑張っていたはずなのだけれども気が付けば・・・。 「眠くなってしまいましたか?」 「あ・・・いえ、そんなことないです。大丈夫です」 「そうですか」 ドライヤーを片手にとてもとても機嫌がよさげな七条に、にこりと笑みを渡されて。 こんなに喜んでくれるならこれでいいのかな、でもやっぱり甘えてばっかりっていうのはよくないよな。 そういえばそろそろ髪も乾いたんじゃないかなと、そう思った、ちょうどそのとき。 「〜〜〜〜〜〜」 ベッドの上に転がっている携帯の、着信音が鳴った。 「あ」 この音はメールじゃなくて電話だから、出なくちゃと、啓太が躰を動かそうとしたその一瞬前に。 「ぇ、・・・・・・」 腕の長さの分だけ先に届いた七条の手のひらが携帯を取って。 そうしてちらりと液晶を確かめた後で。 「・・・・・」 ぷち、と。 まだ鳴っている電話を切ってしまう。 「え」 その七条の手許を眺めたまま、5秒。 次いで顔を上げて七条の顔を見上げたまま、更に5秒。 固まった後で、ようやく声が出る。 「し・・・・七条さん?」 「切れちゃいました」 にこりと笑顔を向けられて。 「そ」 それは切れちゃったんじゃなくて、切っちゃったんじゃあ・・・と。 云い掛けた啓太の言葉が声になる前に。 伸ばされた七条の人差し指が、そっと、唇に押し当てられて。 その声を封じてしまう。 「―――――・・・・っ」 そうして、驚いて目を丸くする啓太の耳許に顔を寄せて。 「もう」 ナイショ話を聞かせるように。 「恋人たちの時間ですから」 囁いた七条が。 「遠慮をしてもらいましょう?」 ね、と耳の奥をすくすぐるような、甘やかな笑みを零す。 「っ、・・・・・七条さん・・・」 そろりと上目遣いの視線を向ける啓太に、フフと、イタズラっぽく笑う七条が。 なんだかとても楽しそうなものだから・・・。 「もう・・・七条さんは」 思わず脱力をしてしまいながら、啓太もくすくすと笑って。 そうしてことりと、七条の肩に額をすり寄せた。 |