noir 10 for lovers 04 「どこにキスして欲しい?」七条が相手ではまず勝てる見込みなんて、最初からあり得なかったカードゲーム。 それでも、ただのレクリエーションですからとカードを配られ、ルールを説明されるままにゲームを始めてそうして案の定・・・。 「僕の勝ち、ですね」 フフフと余裕の笑みで明かされた七条の手持ちのカードは。 「ろ、ロイヤル、ストレートフラッシュ・・・?」 滅多にあり得ないと聞いた最強であるはずのその役を、初っ端から目の前に持ってこられてぽかんとしている間に、するすると会話は進んでいく。 「では罰ゲームですが」 「っ、・・・・ぇ・・・ば、罰ゲームが、あるんですかっ?」 「はい」 にこにこと上機嫌な七条はひとつ頷いた後で、真っ直ぐに啓太を見詰めたまま。 自分の唇の前に、人差し指を立ててみせる。 「キスをしてくれませんか」 「・・・・・・っ、き」 ストレートな物言いに、ぽすんと啓太はショートした。 七条と恋人という関係になってからというもの、もう何度か・・・・何度も、とまではいかないけれども何度か、キスをしたことはある。 けれどもまだ慣れるほどではないし、これから先、慣れることができるとも思えない。 啓太にはそのくらい、気合や覚悟のいる行為なのだ。 「・・・・・っ、・・・」 すっかり熟してどうにか翻意をしてくれないものかと懇願の視線を向ける先で七条は、けれどもにこにこと邪気無く笑うばかりで言葉を撤回してくれそうな気配はない。 そうなれば、いつだって折れるのは啓太のほうで。 「ど、どこに、ですか」 沈黙を保っていられずに訊ねれば、七条の笑みはますます深く優しくなる。 そうして啓太の鼓動は、ますますどきどきと速くなる。 「伊藤くんは、どこにキスをしたいですか?」 「え・・・?」 「伊藤くんがしたいなーと思うところにキスをしてください」 そう云って、啓太がキスをしやすいようにか、そうっと顔を寄せて。 「きみが一番キスしたい場所は、どこ?」 強く迫るのではなくて、優しく促すように囁くと。 近い距離のままで目を瞑ってしまった七条に。 「―――――――・・・・・」 啓太は困惑して、すっかり固まってしまう。 そもそも、ゲームを始める前には罰ゲームがあるなんて聞いていなかった訳だし。 出来ませんという権利が、多分啓太にはある。 で、でも。 「・・・・・・・・・・・・・」 七条さん待ってるし・・・・っ。 目の前で穏やかな笑みのまま目を瞑っている恋人は、見るからにうきうきと啓太からのキスを待っている訳で。 困ったことに啓太は恋人の、悲しそうな顔は見たくない、訳で・・・。 「・・・・・・」 散々散々迷って悩んでした後で、意を決した啓太はこくんと息を飲み込んで。 そうしてそうっと身を乗り出すと閉ざされた七条の左のまぶたの下の、なきぼくろに。 「・・・・・・・・、・・」 ちゅ。と小さなキスをした。 するとまだ近い位置にある耳許に。 くすりと笑う七条の吐息がかかる。 「・・・・っ・・、・・」 耳がほてって頬がほてって。 こくんと息を飲んでから、そろそろと少しだけ離れてそうっと顔を覗いたところで。 七条がゆっくり目を開けて、そうして二人の眼差しが合う。 「ありがとう。では次は、僕の番ですね」 「え」 「僕が一番キスをしたい場所に、キスを」 「で、・・・でも今のは俺が負けたから罰ゲームで」 「ええ、ですが」 とても嬉しかったんです。きみからのキスが。 笑ってそう云って七条はとても大切なものに触れるように、自分の左目の下にある泣きぼくろに、中指と薬指の先でそっと触れる。 今啓太が、キスをしたばかりのその場所に。 「・・・・・っ」 まるでその指先に、優しく唇を辿られたような錯覚を覚えて。 とくんと鼓動を騒がせる啓太の瞳を覗いた七条が、もう一度囁くように問い掛ける。 「どこにキスをしてほしいですか?」 「・・・・・」 「きみがしてほしいと思うところが、僕がキスをしたいところですから」 「・・・・・」 「教えて?」 この、甘い甘い声音と笑みで促されると。 「―――――・・・・っ」 啓太にはもう、拒むことはすっかり難しい。 それに困り果てた啓太が、もうNOを云えないことをきっと七条は知っていて。 啓太が伝えやすいようにか、啓太の口許へその頬を寄せた。 「・・・・・」 すべてお見通しな七条の横顔をほんの少し恨めしげに見遣ってから。 啓太はその耳元に顔を寄せてこそりと小さく望みを告げる。 すると、ふふと愛しげに笑った七条は「わかりました」と頷いて。 そうして伸ばした手のひらに包み込んだ柔らかな頬を、そっと引き寄せる。 近づくあたたかな気配に。 今度は啓太がそっと、目を瞑る番。 くすぐったいような、とても幸せな心地で・・・。 |