noir 10 for lovers 07 「少しだけでもいいから逢いたい」





 火曜日の3時間目は毎回決まって移動教室で。
 教室へと戻る道すがら、啓太はいつもほんの少しだけ遠回りをする。

 3年生の教室の前を通って。
 少しゆっくり歩調を緩めて。

「・・・・・?」

 前の扉からそうっと教室の中を覗いて、廊下側の前から2番目の席の辺りを確かめる。
 そうすると3回に2回は姿を見つけることができるのだけれど、今日は・・・・。

「いないや・・・」

 軽く詰めていた息を吐くのと一緒に、思わず小さく呟いた。
 どうやらちょうど、席をはずしてしまっているらしい。
 ほんの少しの遠回りだけれど、会いたかった相手の姿を見ることができなくて、それが徒労でしかなかったとなると、しょんぼりと肩が落ちてしまう。

 学年の違う恋人と、啓太が学内で顔を合わせる機会は少ない。
 放課後は放課後で、彼は部活が忙しく、啓太も生徒会だ会計部だとなにかと手伝いに慌しい。
 寮に帰ってからはますます、寮長としての仕事をとても生真面目にこなしている彼は、個としてある時間よりも寮長である時間のほうが長いくらいで。
 イコール、啓太と二人きりでいられる時間というのは、とてもとても限られる。

 だから啓太にとっては。
 もっと一緒にいたいですなんてワガママを云ってしまう代わりに、こうして少しだけでもいいから顔を見られる機会というのはとても大事で。
 それだけじゃなく、普段啓太に見せてくれるのとは少し違った同級生に向ける彼の表情を見られるのも、なんだか少し嬉しいというのもあって。

 教室の中の、別の場所にいたのかも。
 もしかしたらもう席に戻ってるかも。

 ぽくぽくと教室の脇の廊下を歩きながら、期待を込めて後ろの扉からもう一度、伸び上がって振り返るようにして教室の中を確かめている途中・・・。

「・・・・・っ、わ!」

 とすん、となにかにぶつかった。

「す、すみませんっ!」

 よろけたところをぶつかった相手の腕に支えられて、啓太は慌てて謝りながら前に向き直る。
 余所見をしていたのは啓太のほうだから、どう考えても啓太が悪い。
 だからちゃんと顔を見て謝らなくちゃと、見上げた視線の先に。

「・・・・・ぁ・・し、っ」

 篠宮さん!

 探しても見付からずにいた相手の姿がふいに目の前に現れて。
 あれこれ準備のできていなかった啓太は、驚いてぱちくりと目を瞠る。

「伊藤」

 力いっぱい驚いたままでいる啓太のその顔に、篠宮はくすりと笑って。
 そうして啓太を支えている右手はそのままに、伸ばした左の掌で、くしゃりと優しく啓太の髪をかき混ぜる。

「怪我はないか?」
「・・・っ、は、はい・・・俺は大丈夫ですけど、篠宮さんはっ」
「大丈夫だ。だが・・・」

 そのうえ、なんだか。

「まったく、お前は・・・」

 なんだか、なんだか。

「ちゃんと前を向いて歩かなければ危ないだろう」

 お小言の。

「休み時間の廊下は人の往来も激しいんだ」

 声が甘い。

「余所見をしている者同士がぶつかったら、怪我をすることだってあるんだぞ」

 ような気がするのは、きっと気のせいだけじゃなくて。

「分かったな」

 声だけじゃなくて、啓太を見下ろす眼差しも、とてもとても。
 甘くて。
 これは・・・。

「は・・・はい。すみませんでした」

 啓太が何故こんなところにいるのか、何に気をとられて余所見をしながら歩いていたのか、どう考えてもバレている。
 恥ずかしさと居た堪れなさに顔を熱くしながら、啓太はぺこりと頭を下げた。
 そうしてなかなか上げられずにいるその頭を、もう一度、大きな掌がなだめるようにぽんぽんと撫でる。

「今日は、昼を一緒に食べようか」
「え・・・いいんですかっ?」

 嬉しい提案に、勢い込んで顔を上げた啓太を見返すのは。
 声の通りの、触れる掌の温かさ通りの、優しい笑顔。

「勿論だ」

 頷いて答える篠宮に、啓太は思わず満面の笑みで「はい!」と大きく頷き返した。



 少しだけでもいいから顔が見たい。
 でも少しじゃなくて、顔を見るだけじゃなくて。
 言葉を交わしてこんな風に一緒にいられるなら。

 もっとずっとずっと、幸せ。





書いている途中で
「私の書く啓太受けのカプの中で
 一番臆面もなくバカップルなのは篠啓なんじゃないか?」
という気がしてきてなりませんでした(笑)

でも当人たちにはまったく自覚無し、というのがポイント。
常春な人たちですv


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