七草「ええと、セリナズナゴギョウハコベラホ・・・ホ・・・」 「ほとけのざ。ついでに云うとあと2つはすずな、すずしろ」 春の七草、指折り数える5つ目でつっかえて先に進めなくなっていると、隣の席からひょいと解答が降ってきた。 喉まで出かかっていたそれを脇からあっさりと指摘されて少々面白くない気分に陥った伊藤啓太は、半眼になって隣を流し見る。 啓太の様子に気付いているのかいないのか、特に反応もなく綺麗な箸使いで食事を進める相手の様子にめらりと闘志をかき立てられて、啓太はぽそりと小さく反撃を試みる。 「さすが和希、年の功・・・いてっ」 コツ、と、今度は額に物理的なツッコミが来た。 ちっとも痛くなんかなかった額をさすりながら、啓太は小さく首を傾げる。 どうやら年齢に関する話題は、隣の彼氏、遠藤和希にとって最も忌むべきものらしい。 幾度尋ねても教えてくれない、彼の秘密。 好きな相手のことはなんだって知りたいと思う。 それが、普通は当たり前に知ることのできる相手のごく基本的な情報・・・年齢だったりしたらその思いは格別なんじゃないかな、と。 隠されれば隠されたで知りたい気持ちが大きくなるし、そもそもこんな風に念入りに隠さなきゃならないほど差があるのかなという辺りも気になってくる。 その辺のことも話して、その上でまだ内緒にされている以上、ほんとのほんとに云う気がないのだなとも思うけど。 とりあえずいただきます、と、いい匂いの湯気が立っている七草粥に両手を合わせてレンゲを手にしたところで聞こえた、くすと可笑しそうな笑い声。 なに? と顔を向ければ、声の通りの顔をした和希。 「啓太も意外と細かいこと気にするよなあ」 「細かいことなんかじゃないと思うけど」 「そうか?」 「そうだよ」 「・・・・・」 「・・・・・」 だから答えて欲しいんだけどと目線で強請ってみても、フフフとなんでか嬉しそうに笑われて結局またはぐらかされて。 啓太が俺を好きになってくれたのはタメだからなのか? 云ったろ、全部本当の俺だって。 どの俺でも、お前に好かれる男になってみせるから。 自信満々に告げられたその台詞は、確かに有言実行状態で。 まさか実は年下でしたなんてオチは、いくらなんでもありえないと思うけど。 眉間に力の入った苦悩顔で息をひとつ。 そうしてもう一度唱えてみる。 「ええと、セリナズナゴギョウハコベラホ―・・・トケノザっ、スズナスズビシ!」 どうだと得意げに云い放てば、「そうじゃなくて」ともう一度コツンと突っ込みをもらった。 「すずしろ」 スズビシは俺、と小声の補足。 思わず瞬きで見返したら、「し」と唇に人差し指を当てて、意外と器用にウィンクなんかして、悪戯を咎められた子供みたいに和希が笑った。 俺しか知らない和希の本当のこと。 共有している秘密にわくわくする。 知らないことがあるってことは、これから知ることが出来る和希がまだまだいるという訳で。 だからまあいっかーと少し幸せな気持ちになりながら、啓太はレンゲにすくった七草粥を頬張った。 |