最後の一葉強めの暖房に、少し埃くさい空気。溢れる光と音楽に、所狭しと並ぶ様々なゲームマシン。 それほど人の多くないゲームセンターで、啓太は歓喜の声をあげていた。 「やった!和希すごい!!」 クレーンゲームの商品ゲートから啓太が取り出したのは、大きなくまちゃんのぬいぐるみ。啓太からぬいぐるみを受け取った和希は、それを隅から隅までしみじみと眺めた。 「ふーん・・・景品にしては良くできてる方、かな?」 まあ、俺が作ったのには遠く及ばないけどね、と、和希はくまちゃんを啓太の手の中へと戻す。 くまちゃんを小脇に抱えて、啓太は言った。 「そりゃあそうだろうけど、和希はずるすぎるんだよ。なんでもかんでも一通りこなしちゃってさ」 和希は困ったように天を見上げる。 「ずるいとは人聞きが悪いな。器用なんだよ、俺は。―――さては啓太、さっきのまだ根にもってるな?」 さっきの、とは、クレーンゲームの前に2人でやった、格闘ゲームのことだった。ガンシューティングもダメ。カーレースでもダメ。それまでもなんだかんだで和希に負けっぱなしだった啓太が、最後に選んだゲームだった。 そのゲームはシリーズものの「2」で、以前「1」をクリアしたことのある啓太が、実績と自信を持って挑んだ戦い、だったのに。 やっぱり負けた。 「違うよ!もー!!」 「どうだか」 和希は啓太を置いてさっさと歩き出す。啓太は慌てて和希の前へ回り込んだ。 「嘘、うそ。今の嘘。お願いだからもう1回さっきの格ゲーやろうよ、和希」 それみたことか、とは口に出さず、和希は啓太の額を人指しゆびで小突く。 「啓太がそこまで言うんなら、俺は別に構わないよ」 「ほんと?ありがとう!和希」 「ただし」 和希は小突いた指をそのまま、びし。と啓太の鼻先へ突き付ける。少し低くなった和希の声音に、啓太は目をしぱしぱ瞬かせた。 「俺が勝ったら、俺のやりたいものに付き合うこと」 一体何を言われるのかと身構えた啓太は、安堵したように笑った。 「なんだ、和希もやりたいものがあるのかよ。だったら別に勝ち負けなしでも、次はそれやろうよ」 「いいから、約束。な?啓太」 「うん、いいよ。和希」 「なあ、啓太。俺、あれやりたい」 勝者の和希が声も高々に指さすその先には―――。 「プリクラ?!ゲームじゃないの?ってか和希、あれやりたいのかよ?」 「実は俺、プリクラ撮ったことないんだよね」 「マジで?なんで?まさか和希が学生の頃はプリクラが無かった・・・」 「わけじゃなくて、日本に居なかったから、機会がなかっただけ」 さすがに和希はむっとした声を出したが、すぐに取りなおして。 「いいじゃん、約束だろ、啓太。・・・それに」 さりげなく啓太に近づき、小声でささやいた。 「啓太と2人だけの写真が欲しい」 「かっ、和希・・・」 「いいだろ?」 断られるつもりなどさらさらない和希のおねだり。 いいように丸め込まれてると頭では思いながらも、それでも啓太は頷いてしまうのだった。 「へぇ〜!なんか本格的だなあ。カメラが3つも付いてる」 本当に初めてらしい和希は、興味津々といった様子であちこち覗き込んでいる。あまり見ない和希のはしゃぎっぷりに、啓太は声を出して笑った。 「和希、はしゃぎすぎ」 「だって、本当に初めてなんだ」 「俺だってそんなに撮ったことないよ。そもそも、男はあんまり撮ることないだろ」 それどころか、さらにまれな男同士だ。 「いいだろ、俺達”高校生”なんだから。見て、啓太。16連写だって」 「16連写?はー、時代は進化してるんだなあ・・・」 マシンにコインを入れると、賑やかな音楽が流れて機械が動き出す。 『笑って、笑って〜、用意はい〜い?はいはーい、16連写、スタート!!』 『1枚め〜。2枚め〜・・・』 お気楽なアナウンスに従って、次々と枚数が重ねられていく。 最初は色々なポーズを取っていた2人だったが、だんだんと速さに追い付けなくなってきた。 「あはは、なんだよ和希、そのポーズ〜」 「よくわかんない。けど、なんか異様に楽しくなってきた〜」 そして。 『いよいよ、最後の一枚だよ〜。16枚め〜!』 16枚目のコールがかかったその瞬間。 和希は啓太の肩を抱き、強く引き寄せた。笑いの止まらない啓太は、軽くよろめいて反射的に和希へすがる。 「ちょ、ちょっと、和希ー?」 ふわり、と、何か頬に触れる感触。 啓太は誰よりもその感触を知っていた。 忘れようもない、それは。 『はーい、終了ー!おっつかれさまでした〜!できあがるまで、ちょーっと待っててね!』 「かぁーずーきー?」 「ん?どうした、啓太」 にっこりと、和希は優等生の笑顔をみせる。 ここはゲーセンなんだけど、プリクラのボックスの中で、厚い布で囲まれてるからそうそう外からは見えないんだけど、やっぱり外なもんで。 いろいろこみ上げてくるものを無理矢理押さえつけ、啓太は声を押し殺して小声で叫んだ。 「なんでキスなんかするんだよ―――!」 和希は相変わらず興味深そうに、稼動中のプリクラマシーンを眺めている。 「したかったからだよ。どうして?」 「どうして、って、そんなの普通考えればわかるだろ。・・・こんなとこで」 「別に。俺としてはおかしいところも、やましいところもないけど」 それはその通りなのだが何かが確かに間違っている気がして、あえて啓太は地雷を踏んだ。 「和希、言ってることが成瀬さんみたいだよ」 「・・・けーた、お前わざと言ってるだろ」 動きを止めた和希は期待を裏切ることなく、心底イヤそうな顔をした。 じきに、出来上がったシールが取り出し口へ滑り落ちる。啓太が取り出すより早く、和希の手がそれをかすめ取った。 「おっ、なかなか良いじゃん」 「和希、俺にも見せてよ」 2人はまるで女子高生のように頬を寄せ合ってシールを覗き込んだ。 「これ、良く撮れてる」 和希が指を指したのは言わずもがな、16枚目。 「〜〜〜〜〜〜〜〜!」 啓太は顔を赤く染めてシートを奪おうと手を伸ばしたが、和希はシートを高く掲げてそれを遮った。 「だーめ、これは俺のだから」 口をへの字にした啓太は、和希の袖を引く。 「俺には・・・一枚もくれないのかよ・・・。俺だって、・・・和希との写真・・・欲しいのに」 段々と弱くなっていく啓太の声に反して、和希の顔は段々と笑みを増していった。 「もちろん、いいよ。じゃあ啓太の携帯かして」 「ケータイ?」 「そ。ケータイ」 啓太がポケットから出した携帯をひったくるように取り上げると、和希は素早く1枚目に撮ったプリクラを貼りつけた。 「和希、何やって・・・って、それに貼るのかよ!しかも表にー?!」 「おっ、いい感じ。なんか”カップル”って感じだなー」 「お前な〜・・・。前から思ってたけど、和希って結構発想が乙女だよな・・・」 返された携帯を片手に、がっくりと膝を折らんばかりの勢いで脱力している啓太に対し、 「趣味は編み物だしね」 と、和希はへこたれない。 「おい、和希」 「ん?」 「これは・・・しょうがないけど・・・その・・・、16枚目に撮ったやつ。それはヘンなとこに貼るなよ」 少し驚いたような顔をした和希は、すぐに嬉しそうな笑顔を滲ませた。 「うん、わかった。約束する」 和希の反応に不思議そうな顔をしている啓太へ、和希は声を落として白状する。独り言のように、そっと。 「さっき啓太、すっごく怒ってたから・・・取り上げられちゃうかと思った」 しみじみという和希がなんだか可愛くて、啓太はくすりと笑ってしまった。 「しないよ、そんなこと。それに、さっきはいきなりで驚いたから・・・。その、・・・嫌だったからじゃないよ」 「啓太・・・」 名前を呼んだきり黙って瞳を逸らしてしまった和希に、今度はどうした、と、啓太が顔を覗き込む。と、それを遮るように、和希はきびすを返した。 「帰ろ、啓太」 「和希?」 「・・・俺このままここにいたら、また啓太にキスしたくなっちゃう」 ささやいて振り向いた和希の顔は、啓太がどきりとするくらい艶のある顔だった。 「―――何か良いことでもございましたか、理事長」 「ん?」 「・・・これは―――素敵なお写真ですね」 「ああ、そうだろう?気に入ってるんだ」 ここは、ベルリバティスクール理事長室。 重厚な金属でできている『理事長』という役職札の裏側には、あの16枚目のプリクラ。 「ここなら文句ないだろ、啓太」 若き理事長はそう呟くと、本日の業務に取りかかるべく書類の束へ目を通し始めた―――。 |