St. Valentine's Day今日は朝から、授業の合間の休み時間にも昼休みにも、啓太がなにか云いたげな気配を見せているから、「どうした?」と話を振ってみるのだけれど、返ってくるのは「ううん、なんでもない」というなんでもなくなんかなさそうな答えがばかり。 そんなやり取りを数度繰り返しているうちに放課後になってしまって、二人並んで寮へと向かう学校からの帰り道、次にそのやり取りがあったらそのときこそは絶対に明快な答えを聞きだしてやろうと心に決めていた和希の気持ちを読んだかのように、啓太がようやく、自分から話を振ってきた。 意を決した風にまっすぐに和希の顔を見上げて。 「あ・・・あのさ和希」 「ん? なに?」 「あのさ、ええと・・・寮に帰ったら、部屋で待っててくれるか? 俺、すぐ和希の部屋に行くから」 いいけど、と和希が答えると、啓太は安堵したようになにか一仕事終えたかのように、ほっとした様子で表情を和ませる。 いったい何の話があるというのだろうか。こんなに気負うほどの。 なにか深刻な話だろうか。 まさか他に好きな人ができたんだなんていう話じゃないだろうな、いやいやそんな筈は・・・とぐるぐる考え込む和希と、まだどこかそわそわと上の空の啓太は。 それぞれの事情から悶々としながら、常になく黙りがちに寮への道を急いだ。 和希が自分の部屋に着いて着替えをして、メールチェックをしておくかとパソコンを立ち上げている途中で、部屋をノックする音が聞こえてきた。 啓太は一度自分の部屋に戻ったあとで、本当にすぐにやってきたらしい。 さて、いったいなにごとだろうか。 少し緊張しながら和希はモニターから顔をあげると、啓太が待っているであろう扉のほうへと向かった。 扉を開けると、私服に着替えた啓太が所在無さげに立っている。 まあとりあえず中へと促して部屋の中へと入ったけれど、いつも通りにソファ代わりのベッドに腰を下ろしても、啓太は相変わらずそわそわと落ち着かない。 真剣に心配になってきて、和希は思わず真顔になる。 「ほんとに、どうしたんだ啓太。なにか困ったことでも・・・」 「ち、違うんだけどっ、そうじゃないんだけどっ」 「・・・啓太?」 「うん、だから、あのさ・・・あの・・・」 そこで和希はふと、啓太がなにか後ろ手に隠し持っていることに気が付いた。 和希がそれに気付いたことに、啓太も気付いたらしい。 ふよふよと泳いでいた目線を上げて意を決するように、その持っていたものを、和希の前に両手で差し出す。 「こ、これっ! 一緒に食べないかなと思って!」 これ、と啓太が差し出したのはポッキーの箱である。 関係あるのかないのか分からないが、未開封。 グリーンの箱だから、メンズポッキー。 でも、こんなに勿体ぶって、なんでポッキー・・・。 深刻な話なのだろうかを身構えていた分、意表を突かれて。 困惑もあらわな和希がその啓太の手許の箱をまじまじと見ていると。 その沈黙に耐えかねたように、啓太は差し出していた箱を勢いよく引っ込めてしまう。 「っ、や、やっぱりいい! ごめんっ、俺部屋に帰・・・っ」 「あ!」 なにごとか思いついた風に声を上げる和希に、啓太はびくんと肩を揺らす。 今日は2月14日。 迂闊にも、本当に迂闊すぎるくらい迂闊にも仕事に追われてうっかり過ごしてしまうところだったけれど。 「バレンタインか!」 目が覚めたような和希の様子に、啓太は「ん、そう・・・」と控えめに頷いてみせる。 啓太なりに、考えたのだ。 渡す相手が実は大人の和希だから、やっぱり洋酒入りだとか、一粒500円くらいするトリュフだとか、そういうすごいチョコレートをあげたほうがいいのかな、とか。 けれども啓太はそんな高級なお菓子事情には詳しくないし、先立つものだって限られている。 それに啓太だって男なのに、同じ男の和希にチョコをあげるだなんて・・・やっぱり気恥ずかしい。 でも、あげたい気持ちも本当だし、どうしようかなと折り合いをつけた結果が、ポッキーだった訳である。 これを持っていって一緒に食べればきっと楽しいし、気持ちだって伝えられる。それに、気恥ずかしく思うほどの特別な行事にはならないだろうと考えたのだ。 けれども、いざ和希を目の前にすると、やっぱりどうしても恥ずかしくて言葉が出てこなくて。 云おうとしては決心が定まらず、云い出しかけては引っ込めて、結局学内にいる間は話すことができなかった。 「これ、俺に?」 「あ・・・うん。一緒に、食べようかなって」 「そっか・・・ありがとな、啓太」 中途半端に引っ込めたまま止まっているポッキーの箱を、和希は嬉しそうに、啓太の手から持っていく。 そうしてぺりぺりと器用な手つきでパッケージを開いて。 袋から取り出した一本のポッキーを、さっそく口にくわえて・・・。 「はい、啓太も」 そう云って差し出すのはポッキーの箱ではなくて、にっこりと笑った和希の顔。 更に云えば和希がくわえているポッキーの逆の端っこである。 「・・・・・」 和希が何をしようとしているのか、分かりやすく分かってしまって。 啓太は顔を赤くして躊躇する。 こ、こんな、ベタなこと・・・っ! 「啓太?」 けれどもポッキーをくわえたまま首を傾げてみせる和希に、促すように名前を呼ばれると。 頑固にいやだなんて云っているのがおかしなことに思えてくる。 だって、啓太だって、嫌ではないのだ。 和希の他に誰も見ていないこの状況で、躊躇う必要なんかきっとどこにもない・・・ような気がする。 そう、自分に云い聞かせて。 「・・・わ、わかったよ」 啓太は鼻先を、そうっと和希の顔を寄せる。 チョコが付いているほうを啓太にくれる辺りがまた、気恥ずかしくもあり嬉しくもあり。 近い距離で合ってしまった眼差しを、頬を熱くしながら見返して。 ぽりぽりぽりぽり、ぽり。 両端から、徐々にポッキーが小さくなっていく。 ますます近くなる顔の位置に、どきどきと鼓動が速くなる。 けれども向けられる優しい眼差しから、瞳がそらせない。 ぽり・・・ぽり、ぽり・・・・・。 たどりついたキスは。 甘い甘いチョコの味―――・・・。 |