ふわふわ夕飯のあと、デザートがあるからおいでと連れてこられた和希の部屋。 ここで少し待っててと促されて、ベッドの端に座って待つこと3分。 トレーを手にして簡易キッチンから現れた和希は、ふわりと甘い香りをまとっている。 チョコレートに似た、甘い、啓太の大好きな香り。 あれこの匂いはもしかしたら・・・と、目をつむってくんと鼻を鳴らして、啓太は幸せそうに表情をとろけさせる。 「お待たせ、啓太」 ベッドのすぐ脇までやってきた和希は、啓太のその無意識の無防備な表情ににこりと笑んで。 種明かしをするように、少々もったいぶった仕草でローテーブルにトレーを置いた。 香りに誘われるように目を向けたトレーの上には案の定、ココアの入った2つお揃いの白いカップ。 それから、白いお皿に白いマシュマロ。 「あ」 これって。と。啓太は少し驚きながら和希を見上げる。 すると啓太のその反応に、和希は小さないたずらが成功した子供のような顔になって、少し得意げに頷いた。 今日のお昼休みに窓の外を、もっと云えば、よく晴れた空にぷかぷかとのどかに浮かんでいる雲を眺めながら「そういえば最近、マシュマロって食べてないなあ」と呟いた啓太の声が、和希にはしっかり聞こえていたらしい。 「・・・ほんと、うっかりなこと云えないんだからさ」 まったくもう、ともっともらしく呟く、困ったような啓太の口調。 けれどもその口許は、隠しようもなく嬉しそうにゆるんでしまっている。 素直すぎるその反応に、和希は愛おしげ目許を優しく和ませた。 「夕方、街に出る用があったんだよ」 「うん、放課後は仕事だって云ってただろ?」 「ああ、Tホテル・・・って分かるか?」 「ここから街に行く途中の海沿いにある?」 「そうそう。あそこで打ち合わせだったんだけど、道を挟んで向かいに輸入食品の店があったから」 そういえば啓太がマシュマロ食べたいって云ってたなーって思い出したんだ、と。 和希は云って、啓太の隣に腰を下ろす。 「・・・・・」 隙あらば啓太のことを甘やかそうとする和希に、甘えてばかりいてはいけないと思う。 けれどもマシュマロが食べられるのは嬉しいし、このマシュマロは和希が啓太のためにこっそりと用意してくれたものなのだと思えば、なにより和希のその気持ちが嬉しかった。 いつだって和希は、さらりと啓太の望みをかなえてくれる。 そのうえ、いろいろしてもらっているのは啓太のほうだというのに、喜ぶ啓太の姿を見た和希のほうこそが、嬉しそうに笑ってみせたりするのだ。 嬉しいけど困って、困るけれどやっぱりとても嬉しくて。 「和希、ありがとう。ええと・・・いただきます」 少し気恥ずかしく思いながら云って、啓太はぺこりと頭を下げた。 応じる和希は胸許に手を当てて、優雅にお辞儀をしてみせて「どうぞ召し上がれ」なんて、おどけた調子で答えてみせる。 いったいどこぞのギャルソンか。 さまになりすぎているその姿にくすくすと笑いながら、啓太は早速お皿に手を伸ばす。 そうして柔らかなマシュマロを指先にひとつ摘んで、口の中へ。 「・・・・美味い?」 「うん、甘くて美味しい」 「そっか、よかった」 とろけていくほのかな甘さに、ほくほくと幸せな気持ちのまま頷けば。 言葉よりもよほど雄弁な啓太のその表情に、和希の笑みも甘く溶ける。 見ているだけで顔が赤らんでしまうような、啓太だけに向けられる優しい笑顔。 至近距離でうっかりそれを受けてしまった啓太は、ようなでは済まずにあやうく赤面しそうになる。 馴染みやすい同級生の、遠藤和希であるときとはあきらかに違う、啓太を甘やかす大人の顔。 二人きりのときにしか見せないこの顔だけでも十分ずるいのに、その合間にふと混ざる、こんな無防備な表情は更に反則だと思う。 「? 啓太?」 「・・・っ、ぁ・・な、なんでもないなんでもない」 和希といるとどきどきしっぱなしだから大変なんだ、なんて、恥ずかしすぎて云えるはずがない。 不思議そうに顔を覗く和希にふるふるとかむりを振ってみせてから、啓太はごまかし笑いで、皿からもうひとつマシュマロをつまんだ。 すると不意に、その手首を脇から和希が掴まえて。 「もーらい」 引き寄せた啓太の指先から、ぱくりとマシュマロを食べてしまう。 「・・・・・、っ・・」 ほんの一瞬、指先に、わずかに触れた唇の感触に心臓が跳ねて。 思わず動きを止めた啓太は、くるりと目を丸くする。 対する和希はといえば、気付いているのかいないのか、気にした素振りなんかまったく見えない。 そうなると啓太一人が動揺したり意識したりの過剰反応をする訳にもいかなくなって、啓太は慌てて平静を装うと、マシュマロをもうひとつつまみ取った。 そうして今度は奪われる前に、はむりと口に放り込む。 と。 その動作を視線で追っていた和希が、不意ににっこりと、なんだかとても嬉しそうに笑った。 「?」 もぐもぐと口を動かしながら、不思議に思って小首を傾げて。 なに? と問うような眼差しを向ける啓太に。 気負いもなくにこりと爽やかに笑んだ和希は、自分の唇を指差して云う。 「啓太の間接キスも、もーらい」 「!」 瞬間、和希の唇のぬくもりがふわりと指先によみがえる。 その柔らかさが、今、マシュマロを口に入れたときに当たった自分の唇の感触に、重なって。 跳ね上がった鼓動が騒ぎ出して、今度こそはごまかしようもなく、頬がどんどん熱くなる。 きっと和希は、さっきから啓太が慌てていたことも。 慌てていることを誤魔化すために頑張っていたことも分かっていたのだ。 分かっているくせにとぼけられていたことも、この期に及んで一人だけ平静でいられることも、なんだかすごく面白くなくて。 「・・・・・・、っ・・か、和希っ!」 すっかり熟して湯気を噴きながら、そのうえ恥ずかしさに少々涙目になりながら。 喚いて啓太は、キッと和希を睨んだ。 けれどもこんな状況で、余裕のないそんな表情で、可愛く睨んでみせたところで、和希を止められる訳がない。 むしろ火に油を注いでしまうのは必定で。 「啓太」 隠しもせずに、心底愛しげに。 甘い甘い声が名前を呼んで、甘い甘い笑みになった和希の手のひらが、ほてった啓太の頬をつつむ。 強い力で捕えられているわけではないのに、和希にこうして触れられているというだけで、それだけのことでもう啓太には、逃げ出すことはすっかり難しい。 せめてもの抵抗にと、どうにか困らせている眉間にまずキスが落ちて。 なけなしの不機嫌があっさりと溶かされた。 「好きだよ、啓太」 「・・・・・・・・・・・・・・・・俺、も」 「うん」 「俺も、和希のことが好きだよ」 云わずにはいられなかったとろとろの告白のあとには勿論。 くすぐったいような気持ちと一緒に。 マシュマロ味の、甘いキス。 |