To lose is to win「いちご」 「ごー・・・・ごまっ」 「まめ」 「めだか!」 久々に一緒に過す休日の午後。 天気はとてもよいけれど、あえて外には出かけずに。 寮の部屋でほのぼのとのどかに過す、ゆっくりと二人きりの優しい時間。 ベッドにころんと転がった啓太と、ベッドにもたれて床に座っている和希と。 それぞれに雑誌を眺めながら、なんとなく始まったしりとり勝負。 「かめ」 「めー、めがね」 「ねこ」 「こ、あら」 そろそろ単語の在庫が切れてきて、真剣に挑まなければならなくなってきた啓太は、しりとりに集中するためにぱたりと手許の雑誌を閉じた。 だって、さっきから和希はずるいのだ。 表紙からして小難しそうな経済云々の雑誌を、涼しい顔をしてぱらぱらとめくりながら、同じ語尾の言葉ばかりをぽんぽんと振ってくる。 「らっこ」 「こー、じか」 「かいこ」 「え、またこー? こーこー・・・」 ごろごろと布団の上を転りながら考えて考えて。 仰向いてぶつぶつと「こーこーこー」と呟く啓太の頭が、ベッドの端から半分ずり落ちかける。 うーんと呻いて眉間を悩ませているその頭の脇に、さりげなく近づいた和希の気配にも気付かずに。 「んー・・・」 ふよふよと揺れる啓太のくせ髪が頬に触れてしまうようなそんな距離で、和希は静かに雑誌の表紙を閉じた。 その口許にのぼるのは、うっすらと楽しげな笑み。 「こ・・・・・ぁ、ころっけ!」 「けいと」 「とけい!」 「いたち」 「ちー・・・・ちーず!」 「すき」 「!」 ぽんと渡された、唐突だけれども聞きなれた言葉。 聞きなれているけれども、聞き流すことなんてできない言葉に。 「・・・っ、す・・・・」 ぱちくりと目を瞠った啓太は、思わず首をひねって和希のほうを見る。 そうしていつの間にやら近い位置にある和希の顔に驚いているうちに、とろけるように甘い笑みを、渡されて。 瞬間、とくんと鼓動がはねて。かああと顔が熱くなる。 「き・・・・・・・・き、らい」 それでも、どうにかこうにか。 テレ隠しの、条件反射でそう返すと。 和希の笑みがますます優しく深くなる。 愛しくてたまらない、というように。 「いちばんすき」 甘い笑み。 甘い声音。 甘い眼差し。 負けるもんかと頑張った啓太の精一杯の返答にも、少しも動じることはなく。 とろりと恋人の笑みを渡されて、啓太はこくんと息を呑む。 心臓はとっくに、大騒ぎを始めてしまっているのだけれど。 今はしりとりの勝負中なのだ。負けるのは悔しい。 「き・・・り、ぎりす」 なけなしの負けん気で奮起して、瞳をそらさないまま頑張って云い返す。と。 和希は上機嫌に、何か企んでいる猫みたいにとろりと目を細くした。 「すき」 「か・・・・和希それ、さっきも云った」 「うん」 「ぅ・・うん、て・・・」 悪びれず頷く笑顔の和希を見ていたら、なんだかからかわれているような気持ちになって。 ぷ、とむくれる啓太に、和希はくすくすとますます可笑しそうに笑った。 そうして「そうだけど」と、答えながら吐息が触れてしまいそうな距離に顔を寄せてくる。 「そうだけど。ほら、啓太の番。『き』」 勝ち負けはもう決まっているのになんで、と。 恨めしく瞳を向けてみるけれど。 返されるのはにっこりと、まるで堪えてなんかいなさそうな笑みで。 そんな和希としばらく眼差しを合わせたあとで、啓太はほうっと息をつく。 啓太よりもずっと大人のくせに、甘えるみたいなこんなことをするなんて。 すごくずるいと思うけれども、しょうがない。 だって好きなんだから、しょうがない。 観念して、もぞと仰のいて和希の耳許に口を寄せようとしたら。 察した和希が、ん? と耳を近づけてくれた。 その耳許に、和希にだけ聞こえるように、こそりと小さくナイショの囁き。 「・・・・・」 たった二文字の短い言葉を。 伝えた途端に、和希はとても嬉しそうに笑った。 そうして「了解」と呟いて、唇に、ちゅんと優しくついばむキス。 「・・・負けたのは俺だから、これって罰ゲームになるのかな?」 俺にとっては役得だけどねと、キスの距離のまま幸せそうに笑う和希の顔を見ていたら。 しりとりに勝ったのは啓太のはずなのに、まるで負けたような気持ちになってきて。 それでいて、負けたような気持ちになったというのに、胸のうちにはくすぐったさがわきあがってくる。 「・・・・・」 「どした? 納得いかない?」 「・・・いくわけないだろ、和希ずるいし」 「そうかな」 「そうだよ!」 「そうかな、でもやっぱり・・・」 むくれてぷいとそっぽを向いた、ほてった頬にキスがひとつ。 「好きだよ、啓太」 とどめみたい耳朶に触れた、甘い甘い囁きに。 すっかり力が抜けてしまった啓太は、ことりと和希の肩口の眦を押し当てる。 好きになったほうが負けなんて、よく云われる言葉だけれど。 勝っても負けても負けるが勝ちでも。 どっちもが幸せなんだったらそれでいいんじゃないかな、なんて。 どうしたって緩んでしまう口許で、考えながら。 |