せれぶりちー





「ねえ。ねえねえ和希、ちょっとこのテレビ見て」
「んー?何?」

 雑誌を繰っていた和希が啓太の声のままに視線を送ると、部屋の小さなテレビが映し出すのは昨今話題の、美人で超お金持ちな。

「・・・・・・カノー姉妹?」
「こういう人たちって本当にセレブなのか?」
「はあ?」

 和希が急カーブ&上り坂な声を上げても、啓太はテレビの中の世界に夢中だ。

「バンサンカイとかでやっぱり会っちゃったりするわけ?」
「なんなんだ、それ」
「そんでもって”あら和希さん、お久しぶりー”とか言われちゃう?」

 冗談を言っているのかと思って聞いていたら、どうやら啓太は本気らしい。和希は脱力して溜息をついた。

「・・・あのさ、啓太。俺のことなんか勘違いしてないか?」
「・・・会わないの?」
「会わないねえ。俺とは生息地が違うんじゃないの。っていうか、啓太は俺のことをセレブだと思ってるのか?そもそもセレブってなんなんだよ?」

 啓太はちょっと考え込んだ。鈴菱だし、理事長だし。

 ・・・十分セレブなんじゃん。

 その顔には、そう書いてある。
 片方の眉を上げた和希は右手を伸ばして啓太の鼻をむちん、と摘んだ。

「なんらよ」

 和希は摘んだ啓太の鼻を少し引き上げてやる。くるしそうに寄せられた眉がちょっと可愛い。・・・なんて思ってる場合じゃない。

「啓太には、バンサンカイとやらで『やあ奥様、お会いするのはカントリーホールの演奏会以来ですね。相変わらずお美しい』とか言ってる俺の姿が想像できるのか?」
「でも和希、仕事のときいっつも良いスーツ着てるじゃんか。普通着ないよ、あんなの!」
「あれは制服みたいなもんだよ。ただでさえ若いんだから、コ●カで3着1万!とか着てたらそれこそカッコつかないだろ」
「それはそうらけど・・・」
「そんなこと言うなら、理事長室に虎皮の敷物敷くぞ!」
「ほら、やっぱりセレブー!!!」
「啓太はめちゃくちゃだよ・・・」

 和希は指を離して啓太を自由にすると、ちょっと赤くなったその鼻先を人差し指でちょい、と弾く。

「俺はたまたま鈴菱の家に生まれただけだし、嫌いじゃなかったからこの職業を継いだ。―――それだけのことだよ」

 和希は啓太から視線を外してテレビを眺める。テレビの中では例の姉妹が、片手じゃ足りない桁の金額のワインを”テーブルワインに最適”だと言って飲んでいた。

「もちろん美味いものは好きだし、着るものに興味がないわけでもない。けど別にこだわりがあるわけでもないから、俺みたいなのはセレブとは違うんじゃないかな」

 テレビの中から聞こえる、鈴を転がすような笑い声。そのノンキとも言える優雅さが、和希をちょっと意地悪にさせる。

「それとも啓太が俺に、あーいうお姉さんたちみたいなセレブでいて欲しいって思うんなら、努力しないでもないけど?」

 けど?と、和希から視線を返された啓太は、眉をハの字に、唇をヘの字にしておし黙ってしまった。


 ・・・はへ。


 その啓太の顔文字を間近で読んだ和希は思わず吹き出しそうになった。と同時に申し訳ない気持ちにもなってしまう。というのも。
 啓太は軽い気持ちで言ったのだろうけれど、自分がセレブだとかそんな気持ちはこれっぽっちもなかったものだから―――。

 ・・・驚いて、ついうっかり追い込むようなことを言ってしまった。
 バカだー、俺。

 できることなら3分前に戻りたいけれど、そんなことは考えなくても無理なので。

「・・・なーんてね。啓太はちょっと興味本位で言っちゃっただけだろ?わかってたけど、俺もあーゆー人たちとひとくくりにされて、ちょっとむっとしちゃったんだ」

 啓太の大きな瞳が、瞬きも忘れて不思議そうに和希を見つめる。

 その純粋な視線に痛みを感じるのは、俺に後ろめたいところがあるからですね・・・。

 えーと、と思考をしばし逡巡させた和希は、やがて観念したようにぽつり、言った。

「・・・・・・・・・・・・大人げなくてスミマセン」

 無意識に頬を掻く和希に、啓太もほっとしたような笑顔を見せる。

「俺こそ無神経でごめん」

 素直な啓太の言葉もまた、和希を笑顔にさせた。

 と。

「でもね、俺は和希がセレブだって思ってるよ」
「え?」

 ほっとしたのもつかの間、動揺する和希をよそに啓太は恥ずかしそうにへへ、と笑う。

「ほら、セレブって言われる人って、やっぱりちょっと憧れる要素を持ってる人ってことだろ?」

 啓太が何を言いたいのかがわからない。混乱するままに、和希は当たり障りのない言葉を探した。

「・・・まあな、有名人とか、地位のある人間を差す言葉、だから」

 うん、と頷いた啓太は和希を見つめる。それは、何よりも自信を秘めていて。

「だから、和希はセレブだよ。俺にとってはカノー姉妹より、アメリカの大統領より、断然セレブなんだ」

 和希は思わず右手で胸元を押さえた。ヤバい。俺、めちゃくちゃ感動してるかも。泣いちゃうかもしれない。
 その様子を気に留めるでもない啓太はテレビをちらりと見て、付け足すように言った。
「ああいう人たちみたいになったらちょっと困るけど」
「・・・困る?」

 かろうじて単語を押し出した和希が、どうして?と言うように首を傾げる。と、啓太は拗ねたように唇を尖らせた。

「・・・だって、こんな風に一緒にテレビ見てる時間もなくなっちゃうだろ。ただでさえ和希、忙しいのに」

 和希の視界がぐらりと揺れた。
 震えそうになる両の手をそろそろと伸ばして、愛しい頬をしっかと包む。

「な、か、和希?!」

 反射的に仰け反ろうとする啓太を逃すまいと、今度は両腕でぎゅうと捕獲した。むくむくとこみ上げる感情を、押さえきれずに破顔する。

「啓太・・・かっわいいなー!」
「もう、なんだよ!」
「そっかー、啓太は俺のことそういう風に思っていてくれたのかー」
「知らないよ、離せよー!」
「啓太、大好き!」
「和希のバカ!」

 腕の中で啓太が暴れれば暴れるほど、愛しさメータが振り切れそうな勢いで数値を上げた。
 いっそ振り切れればいい。

「バカでもいいよ、俺は啓太のセレブだもん!」

 ―――見ろよ、カノー姉妹。俺はあんたたちが絶対手にできないすっごい宝物を持ってるんだ。

 勝ち誇ったようにちらりとテレビを一瞥した和希はそう心の中で呟くと、味わうように腕の中の温もりを確かめた―――。







wordsIndex  charaIndex