帰り道・七条ver.学校帰り、寮へと向かう並木道。 冬の陽は落ちるのが早いから、辺りはもう暗くなり始めている。 けれども物寂しい気持ちは季節のせいだけではなくて。 なんとなく力が出ない気がするのも、夕飯間際でお腹が空いているせいだけではきっとなくて。 今日は会わなかったな。 しょんぼり思って、小さくせつなく息をついて。 啓太は眉をハの字にする。 学年が違うから、仕方のないことだけど、でも。 お互いに何かと理由を作って顔を見に行く努力を怠らないから、大抵、校内で1日1回は会うというのに。 今日は・・・。 もうひとつ息を吐いて、俯いていた顔を上げる。と。 「? あれ・・・?」 並木道の少し先に、見知った背中を見付けた。 それが誰かと頭で認識する前に、胸がとくんと高鳴って、気持ちがふわりと舞い上がる。 感情にとんと背中を押されて、啓太の革靴の底が地面を蹴った。 駆け寄って。 「し・・・ちっ!?」 「こんにちは、伊藤くん」 残り数歩のところで声を掛けようとした啓太は、寸前でくるりと振り返った笑顔の七条に逆に声を掛けられてしまった。 「ち」の形に口を開いたまま、思わず目を瞠って固まる。 固まっているときですら表情豊かな啓太のその顔を、七条は、くすりと笑って楽しそうに見遣り。 「驚かせてしまいましたか?」 「は・・・・・はい。だ、だってどうして、俺だって分かったんですか?」 驚きを隠せずに、目を丸くしたまま問い掛けながら、足を止めて待ってくれている隣に並べば。 「足音が聞こえたので」 そう云って七条は、にっこり笑って自分の耳を指差してみせる。 「でも、足音だけじゃあ誰かが走って来たのは分かっても、俺だってことは分からないんじゃ・・・」 「分かりますよ。他でもない伊藤くんの足音ですから、1キロ離れていたって分かります」 「は、はあ・・・」 普通ならば、ありえないですよそんなこととツッコミを入れていいところだろうが、それを云ったのが七条だと、もしかしたらあっさりと聞き分けてしまうのかもしれない可能性が否定しきれない。 しかも10キロと云われればいくら相手が七条であっても「まさかー」と切り返せるのだが、1キロという数字には微妙に真実味があって複雑だ。 「愛の力は偉大ですから」 「ぅ・・・ぇ、あ・・・はい・・・そ、そう、ですね」 「伊藤くんも、僕の足音を聞き分けられますか?」 「俺っ、ですか? 七条さんの? 足音を?」 「はい、僕の足音を」 「え、ええと・・・ちょ、ちょっと俺は1キロは無理だと思いますけどっ、150メートルくらいだったら多分頑張ればどうにか・・・っ」 足音を聞き分ける為に頑張る以前に、現在真っ最中で頑張って考えながら答える啓太の様子に、七条はフフと目許を和ませる。 「冗談です、伊藤くんは本当に可愛いですね」 「・・・・・っ」 七条の云う「冗談です」が前の会話のどこに掛かっているのかいまいち分からず、それでもからかわれたらしいことだけはどうにか分かったので、啓太は率直に半眼になる。 半眼になるが、斜め上から注がれる眼差しの甘さの前では、不機嫌を保っていることはとてもとても難しくて。 結局啓太は怒った顔ではなく困った顔で、七条を見返すことになる。 「おや、煙に巻かれた気分ですか?」 「そんなことないですけど・・・」 「でも、そういう顔をしています」 ほらここに力が入っていますよ、と眉間についと人差し指が触れて。 「でもね、伊藤くん・・・」 触れた指先はそのままに、言葉を継がれる。 「僕が伊藤くんに伝えたい事はいつもひとつだけなので、そのことだけがちゃんと分かってくれていれば、いいんです」 「伝えたい、こと・・・」 寄り目になって七条の指先を見ていた啓太はひとつ瞬いてから、なんですか?と言葉の先を問うように七条を見上げた。 そうしたら、小さく首を傾げた七条が、フフフと本当に幸せそうに笑うものだから。 あ、来る。なんかすごい言葉が来る、と僅かに身構えた、その通りに。 「伊藤くんのことを愛していて、伊藤くんに愛されている僕は、本当に幸せ者だということです」 「・・・・・」 いくら二人きりにしたって。 こんな外で、こんな学校帰りに。 告げられるにはあまりにもあまりな台詞に。 「え、ええと・・・ありがとう、ございます」 しゅううううと音を立てそうな勢いで耳まで赤くなった啓太は他になにも云えずに、いつものようにくらくらになって俯いた。 |