花束・七条ver.この花束を差し出したら、彼はどんな顔を見せてくれるのだろう。 きっととても驚いて。それから慌てて遠慮をして。 けれども最後には嬉しそうに、きっと本当に嬉しそうに笑って受け取ってくれる。 いつでも、なにに対しても一生懸命な彼の笑顔は。 いつだって不思議と、僕まで幸福にしてしまうんです。 ノックされた扉を開けると、その向こうには七条さんが立っていた。 というのは正確ではなくて順番にいうと、開けた扉の隙間からまずふわりと優しい甘い香りがして、あれれと思いながらもう少し扉を開くと赤いかたまりが・・・チューリップの花束が目の前にあって。 驚いて勢いよく顔を上げたら、花束のその更に向こうにようやく、七条さんを見つけた。 外から帰ってきたばかりなのか、スプリングコートを羽織ったままで。 にっこりと、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべて。 「こんばんは伊藤くん。少し、いいですか?」 「あ・・・は、はい、勿論です! どうぞ中に・・・」 招き入れようと大きく開けようとした扉は、けれども七条の手で、「いいえ」とやんわり押さえられる。 「中に入ってしまったらきっと僕は、きみと離れることが寂しくて、帰れなくなってしまいますから」 ですからここで、と。 冗談を云っている風でもなく、七条が笑う。 「ただこれを、君に渡したかったんです」 そう云ってするりと差し出されたのは、花束。 赤いチューリップと、淡いピンクのラッピングが春らしくて可愛らしい。 「え・・・こ、これをってそんな、どうして・・・?」 今日は誕生日でもクリスマスでもなにかの記念日でもない筈で。 こんなに大きな花束をもらっていい理由なんてどこにもないように思えて、啓太は困惑顔を七条に向ける。 すると七条は啓太の驚きをやんわりと笑みで受け止めて。 「恋人に花を贈ることに、理由が必要ですか?」 「ぇ、・・・・」 「必要ならば言葉にすると・・・そうですね、ありきたりですが伊藤くんによろこんでほしいから、でしょうか」 わずかに首を傾げる。 「伊藤くんのよろこんでくれる顔が見たい。僕にその笑顔を向けてほしい。そう思ったんですが・・・迷惑でしたか?」 と、少し寂しげに尋ねる調子で。 「そ、そんなことないです! 嬉しいですすごくっ、あの・・・ありがとうございます」 慌ててかむりを振ってみせてそうして、啓太は大切そうに、両腕にその花束を抱え込んだ。 「俺・・・花束を貰ったことなんて、生まれて初めてですよ」 ああ、ほら・・・。 七条の頬に、無意識に浮かぶ笑み。 思った通りの啓太の反応が愛おしい。 けれども啓太は、いつだって七条の想像を越える喜びを返してくれるのだ。 「でも・・・なんだかこの花束が部屋にあると俺、どきどきしちゃいそうです」 他にも例えば、借りている参考書や、洗面台にある歯ブラシ。 七条のものは啓太の部屋に幾つかあるけれど、それとはどこが違うのかな? と考え顔で首を傾げる。 「不思議ですよね、花は・・・生きてるせいかな?」 だから特別なのかな? と。テレたように笑って花束を見詰める啓太を。 七条は、複雑な表情になって見下ろした。 「・・・・・伊藤くん」 「? はい」 「前言撤回をして申し訳ないのですが、部屋に、入れてもらえませんか?」 「部屋に、ですか?」 唐突な問い掛けを不思議に思いながらも断る理由なんてどこにもなくて、啓太は勿論いいですよと頷いた。 「ありがとう」 再度開かれた扉をくぐって部屋の中に入ると。 すい、と啓太の肩に、七条の手のひらが乗せられる。 「・・・他に誰もいないこの部屋できみと過ごして、無防備なきみを眺めて」 思わず足を止めて見上げた七条の眼差しは、けれども啓太にではなくて、啓太の腕の中の花束に向けられていて。 「僕の知らない伊藤くんをこのチューリップだけが知っているというのは・・・少し不条理だと思いませんか?」 穏やかな口調には、僅かに悪戯っぽさが含まれている。 ようやく啓太に向けられたアメジストは、とても甘い。 「僕は、誰よりも君を知っていたい」 ワガママを云う調子で。 「・・・愛していますよ、啓太くん」 囁いて告げた七条の両腕が、花束ごとふわりと、啓太の身体を抱き寄せた。 |