花束・成瀬ver.花屋の前でふと足が止まった。 理由なんて考える前に、とにかく惹きつけられて。 そう、この感じ。 僕がハニーと出逢った時も、ちょうどこんな風だったんだ。 ノックされた扉を開けると、その向こうには成瀬さんが立っていた。 というのは正確ではなくて順番にいうと、開けた扉の隙間からまずふわりと感じた爽やかな風と、夏の気配。あれれと思いながらもう少し扉を開くと黄色いかたまりが・・・ひまわりの花束が目の前にあって。 驚いて勢いよく顔を上げたら、花束のその更に向こうにようやく、成瀬さんを見つけた。 いつも通りのぴかぴかの笑顔で。 「こんな時間にごめんね、ハニー。でもどうしてもこれを渡したくて、逢いに来ちゃった」 受け取ってくれるかな? と笑みと一緒に差し出された花束。 「え・・・ど、どうしたんですか花束、なんて・・・」 驚きながらも条件反射で両手で受け取ってしまった花束は、ミニひまわりとオンシジューム。 オレンジとライトグリーンのラッピンクが目に鮮やかで、見ているとワクワクしてくるようなこの感じ。 それに色といい、太陽の光をいっぱいに浴びた健康的な明るさといい。 なんだか成瀬さんみたいだなと、花束を見詰める啓太の目許がとろりととろける。 嬉しそうに目を細める啓太がその花束を気に入ったらしいことは、言葉にしなくても直ぐに成瀬にも伝わって。 「気に入ってくれた?」 「勿論です、ありがとうございます!」 だってこの花束、なんだか成瀬さんみたいですよ? と、続けようとしたその一瞬先に。 「よかった・・・あのね啓太」 優しい眼をした成瀬が話し出す。 「花屋の前でこの花束を見つけて、なんだか啓太に似てるなと思ったら、どうしても連れて帰ってきたくなっちゃって」 「俺に・・・ですか?」 「そうだよ、啓太に似てる。すごく可愛くて思わず目が離せなくなるところとか、僕を幸せにして、元気をくれるところとか」 ね? と同意を求めるように、キレイなウィンクが飛んできて。 「な、成瀬さんはいつもそうやって・・・」 いつまでたっても慣れることができない成瀬の甘い言葉の洪水に、啓太はかああと赤くなる。 そうして慌てて俯いてしまうから、そんなとき、どれだけ甘ったるい眼差しが自分に向けられているかなんてことには、いつまでたっても気付かない。 「でも俺は・・・この花束、成瀬さんに似てるなって思ったんですけど」 だから、好きだなって思ったんですけど・・・。 ほてった頬を誤魔化すように、花束に半ば顔を埋めるようにして。 見つめているのは。いつだって幸せをもらっているのは、俺だって同じです、と。 啓太が小さく呟くのに、成瀬は、不意を突かれた心地で思わず目を瞠った。 いつもいつも、僕が甘い言葉で啓太をとろけさせていると云われるけれど。 啓太の言葉とか、表情とか、行動とかに。 僕の方こそが不意に胸を射抜かれることなんて、1日のうちに何度も何度もあって。 けれどもこんな啓太の一面を知っているのは、もしかしたら自分だけなのかもしれないと。 成瀬はまた少し幸せになって、笑みを深くする。 本当は・・・本当はこの場で今すぐに抱きしめて、僕がどれくらい嬉しいと思っているか教えてあげたいけれど。 僕の啓太はとても恥ずかしがり屋だから。廊下でそんなことをしたら、きっととても困ってしまうだろうから。 「ねえ、啓太」 我ながら、さぞかしとろとろのめろめろになっているのだろうなと分かる顔で。 こうして触れるのが、許してもらえるぎりぎりかなと、やんわり啓太の髪を撫でる。 「この花束、半分こにしようか?」 「? 半分こ、ですか?」 「うん、僕は、啓太みたいなこの花束を部屋に連れて帰りたいけど、啓太に寂しい想いもさせたくないから」 だから花束の半分は、啓太の代わりに僕の部屋に連れ帰らせて。 もう半分は僕の代わりに、啓太の部屋にいさせてほしい。 ミニヒマワリの花びらに、人差し指で優しく触れて。どうかな? と首を傾げれば。 小さく首を傾げて僕を見上げていた啓太が、それがいいです、とにっこり笑ってくれる。 「じゃあ、花束を分けないとね」 入ってもいいかな? と目線で示した扉は、すぐにゆっくり開かれて。 でも・・・ね、啓太? 花束を分けるより先に、まずをキスをしようか? |