花束・和希ver.大切に守りたかった想い出は。 温もりと形とを持ってこの腕の中にある。 想い出も、今も、これからも。ずっとずっと。 大切に大切に、守っていきたいと思うんだ。 ノックされた扉を開けると、その向こうには和希が立っていた。 というのは正確ではなくて順番にいうと、開けた扉の隙間からまず微かにふわりと覚えたてのトワレが届いて。あれれと思いながらもう少し扉を開くと白くてピンクなふわふわしたかたまりが・・・カスミ草とスイトピーの花束が目の前にあって。 驚いて勢いよく顔を上げたら、花束のその更に向こうにようやく、和希を見つけた。 理事長の名残をほんの僅かだけ残して。 馴染みやすい同級生の笑顔を浮かべて。 「や、啓太」 「和希! 仕事、終わったのか?」 「ああ、今帰ってきたとこ。部屋、入ってもいいか?」 「うん・・・おかえり、和希」 啓太は嬉しさを隠さずに、扉を開いて和希を招き入れる。 見上げる顔が思わずほころんでしまうのが止められない。 「ただいま啓太。はいこれ、お土産」 「? お土産?」 部屋に入ると、和希は小脇に挟んでいた花束をすらりと差し出した。 その優雅な手つきが妙にこなれている気がして、啓太はなんだか複雑な気持ちになる。 こんな風に和希は、今までに何人の相手に花束を渡してきたのだろう。 両手で花束を受け取りながら、ふとそんな疑問が浮かんで。 ちくりと胸を刺す小さな痛みが、ありがとうと、素直に喜びたい気持ちの邪魔をする。 そんな想いが正直に顔に出てしまっていたのか、啓太の表情を見守っていた風の和希が、目許を笑みに和ませた。 「・・・なんで笑うんだよ」 「啓太が可愛いからだよ」 またそんなこと云って子供扱い・・・と、むくれて尖った唇に、軽くかがんでちゅんと軽いキスで触れると。 誤魔化された気分なのか、啓太の目許の険が増す。 けれどもテレのせいか、その頬が少しだけ赤くなって。 「こういうとこずるいんだよな、和希は・・・」 呟いた啓太のため息が、ふわふわと咲くスイトピーの花びらを揺らした。 「ずるいかな?」 「ずるいよ、急に大人みたいになって・・・そんな顔して笑うし」 果たして自分は今どんな顔をしているものやら、想像をしたら更ににやけてしまいそうになりながら和希は、恨めしげな眼差しを向けてくる啓太の頭をぽんぽんと宥めるように撫でる。 啓太がこんな風に反応することくらい分かっているのに、分かっている上でこうして怒らせてしまう自分は。 ずるい大人どころか、本当に大人げない。 好きな相手を衝動のままに構って怒らせるだなんて、これではまるで子供の恋愛じゃないか。 啓太を相手に、余裕なんていつもなくて。 甘やかされて、赦されているのはいつも、大人の筈の自分の方だと。 和希は苦笑気味に息をついて、ごめん、と呟いて啓太を抱き寄せた。 「啓太・・・」 抗わずに腕に収まり、けれども黙ってしまった啓太を呼ぶと。 クセ毛の頭が僅かに揺れて、反応があった。 そうして声を聴いてくれていることを確かめて、言葉を続ける。 「確かに、俺が花束を渡した相手は啓太が最初じゃないけど・・・啓太が最初の相手だったことも、たくさんあるよ?」 言葉の意味を考えるように、僅かな間があってから。 本当に? とまだ許す気にならないのか僅かに眉をひそめ気味の啓太が、顔を上げて眼差しで問うた。 和希は笑って頷いて。 「ああ。子供の頃・・・家に泊まりに来た最初の友達は啓太だったし」 背に回した手で、優しく背中を叩きながら。 当時の和希にとってそのことが、どれだけ特別な出来事だったのか。 それがきちんと伝わればいいと願いながら。 「友達と一緒に寝たり風呂に入ったり、俺にとっては初めての経験だったんだ。それにほら、ゲーセンに最初に行ったのも、啓太と一緒だっただろ? それから・・・」 不意に、思い出すようにしてつむいでいた言葉を止めて。 腕の中の啓太を見下ろす和希の眼差しが、とろりと甘くなる。 とくんと胸を高鳴らせて、けれども啓太はそんな和希から目をそらすことが出来なくて。 「それから、初めてキスしたのも啓太だった・・・・・覚えてるか?」 いやむしろあれは「した」というより「された」かなあ、と呟きで付け足して。 子供の頃の遠い思い出に重なるような優しいキスが、啓太の鼻先にちゅんと触れた。 意味なんて知らずに、ただ大好きなカズ兄に子供の啓太がしたキスが。 今でも和希にとっては、大事な宝物なのだと。 大切そうに渡されたキスが、啓太にそれを教える。 「それにさ、啓太」 くすぐったさと気恥ずかしさに染めた啓太の頬に、和希の唇が触れて。 「俺が、初めて好きになったのも・・・啓太だよ」 囁きが耳に届いて、幸せな幸せな気持ちで啓太は。 軽く背伸びをして、思い出と同じキスを、和希の鼻先にちゅんと返した。 |