花束・篠宮ver.誰かに花を贈ることなど生まれて初めてのことで。 とりあえず花といえば花屋かと。 足を運んだ店先に並ぶカラフルな花の中。 目に付いたのは、片隅でひっそりと咲くこの花だった。 派手さはなくともしっくりと胸になじむ風情に。 ふわりとほころぶ彼の笑顔が、思い出されたのだ。 ノックされた扉を開けると、その向こうには篠宮さんが立っていた。 というのは正確ではなくて順番にいうと、開けた扉の隙間からまずふわりと石鹸みたいな優しい香りがして、あれれと思いながらもう少し扉を開くと白と紫のかたまりが・・・桔梗の花束が目の前にあって。 驚いて勢いよく顔を上げたら、花束のその更に向こうにようやく、篠宮さんを見つけた。 実家から帰ってくるのは明日だと聞いていたし、それに、花束と篠宮さんという組み合わせがなんだかすごく意外で、目を丸くしたまま思わず動作を止めてしまう。 「すまない、伊藤。こんな時間に」 驚いて半ばぽかんと顔を見上げる啓太の様子に、やはりこんな時間に部屋を訪ねるのは非常識だっただろうかとか、迷惑を掛けてしまっただろうかとか、多分そんな風に考えたらしい篠宮が、すまなそうに目許を顰めて云うのに、啓太は慌ててかむりを振る。 「あ・・・いえあのっ、俺はっ、篠宮さんが来てくれてすごく嬉しいんですけどっ」 両手を握り拳にして身を乗り出した啓太が勢い込んで云うのに、今度は篠宮のほうが驚いたように目を丸くする。 じりじり見つめ合って二人揃って息を詰めて、なんだか変な緊張感。 必死なお互いの顔がなんだかおかしくて、同時にぷっと吹き出した。 そうしてようやく人心地ついた風に、笑みを交換する。 「・・・お帰りなさい、篠宮さん」 「ああ、ただいま」 「でも帰ってくるの、明日の予定でしたよね?」 「家の用事が、予定よりも早く済んだんだ」 そうしたら、すぐにでもお前の顔が見たくなってな・・・と。 おそらくは無意識で、くらくらするような口説き文句を口にする。 しかも僅かに照れたような、はにかむような微笑み付きで。 厳しい表情でいることの多い篠宮のこんな優しい笑顔は、付き合い始めてまだ間もない啓太にとって、反則ぎりぎりの大技なのだ。 かああと頬に熱が上るのを自覚しながらも、合わせた眼差しが外せなくなる。 啓太にとって篠宮は、恋心を抱いている相手であることには勿論間違いないのだけれど。 それと同時に、憧れとか尊敬とかそういう、羨望みたいな想いも大きいから。 同じ高さに立ってくれているのだと、ふと感じられるこんな瞬間。 篠宮との距離がぐっと近くに感じられて、どきどきと胸を高鳴らせずにはいられない。 「あの、俺も・・・会いたかったです・・・」 そうっと伸ばされた啓太の手が篠宮のコートの袖を掴むのを見て。 切れ長の眼差しが、ますます優しい笑みになる。 「伊藤・・・」 愛しげに名を呼んで、癖のように啓太の頭を撫でようと手を伸ばしかけたところで。 「ああ、そうだ・・・」 ふと、その手が空いていなかったことに気が付いて、篠宮は動作を止めた。 そうして、頭を撫でる代わりに、ふわりと啓太の胸の前に差し出されたのは。 「篠宮さん? これ・・・?」 コデマリの小花が散らされた、白と紫のトルコ桔梗の花束。ラッピングのノーブルな紫紺が篠宮らしい。 「なにか食べ物でもと思ったんだが、弟に、その・・・恋人への土産といえば花束だろうと云われてな」 「柾司くんが・・・」 二人の間ではもう馴染んだ風のある名前。 MVP戦のときには、その存在が啓太をひどく苦しめたこともあったというのに。 啓太はわだかまりもなく、どこか愛しげにその名を口にする。 その強さを眩しく思いながら篠宮は、はにかんだように笑んで、ああとひとつ頷いた。 「お前にも、会いたがっていた」 よかったら夏休みにでもまた、家の方に遊びにくるといい、と。 伸ばされた大きな掌が、今度こそぽんぽんと啓太の頭を撫でる。 「じゃあ俺も、なにかお土産を持っていかないといけませんね」 受け取った花束を大切そうに抱えて頷く啓太に。 「花束以外で、な」 しっかりと恋人の特権を主張した篠宮は甘く優しく微笑んで。 また少しだけ啓太を、どきどきと落ち着かない気持ちにさせた。 |