花束・西園寺ver.普段は選ばない種類の花。 けれども彼が持つことを想像をしてみたとき、一番しっくりとくるのはこの花だと思った。 与えられるすべてを受け止めて、受け入れて。 与えた相手にそれ以上のものを返してしまう。 苦もなく、恐らくは半分以上は無意識に。 前を向いて、そうして自然に成長していく姿を。 心底愛おしいと感じるのだ。 ノックされた扉を開けると、その向こうには西園寺さんが立っていた。 というのは正確ではなくて順番にいうと、開けた扉の隙間からまずふわりとなんだかいい香りがして、あれれと思いながらもう少し扉を開くとパステルピンクかたまりが・・・ガーベラの花束が目の前にあって。 驚いて勢いよく顔を上げたら、花束のその更に向こうにようやく、西園寺さんを見つけた。 ベージュの薄い色のコートを羽織って、花束を手に持ったその立ち姿があまりにもあまりにもしっくり馴染んで一枚の絵のような光景だったから、啓太は思わずぽかんと口を開けてしまう。 「どうした啓太、そんな間抜け面をして」 「・・・さ、西園寺さん、間抜け面はひどいですよ」 今日もとてもキレイな女王様は、今日も第一声からとても辛らつだ。 けれどもその声音には、深い親しみとからかうような笑みが含まれていたから。 それ以上の文句も云えなくて、すっかり力の抜けてしまった啓太は、「しょうがないなあ」と笑ってしまう。 「でも、どうしたんですか? こんな時間に」 「ああ・・・これを、渡しに来た」 そういって軽く掲げてみせるのは、パステルピンクのガーベラに白の小花が散らされた可愛らしい花束。 「寝ているようなら、扉の前に置いておこうかと思ったが」 「・・・さ、西園寺さん。それはちょっと・・・」 自室の扉の前にこんなに大きな花束が置かれたまま翌朝などを迎えようものならば、明日の朝食時の食堂で、ヒーローになれること間違いなしだ。 よかった起きてて・・・とこっそり安堵を深めながら、啓太は答える。 「宿題をしてたんです。英訳が分からなくて、ちょっとハマっちゃって・・・」 西園寺さんはそんなことで悩むことなんかないんだろうなあと考えながら、へへへと情けなく笑ってみせれば、なるほどなとあまりにもあっさりと頷かれる。 そうして小首を傾げてほんの僅か、考えるような間を置いてから。 西園寺は提案するというよりも、決定事項を告げるようにすんなりと云った。 「啓太、私がみてやろう」 「え・・・でももうこんな時間なのにっ。それに西園寺さん、外から帰ってきたばかりで疲れてるんじゃ・・・」 「大丈夫だ。それに私は、啓太が側にいた方が疲れが取れるからな」 「・・・っ・・」 あまりにも何気なく、当たり前のことのように、甘い笑みと一緒に甘い言葉を渡されて。 思わず息を飲み込んで瞬く啓太の頬に、次の瞬間、かああと一気に熱が上る。 その様子にまたくすりと笑みを深めたということは、きっと啓太の気持ちなんか、手に取るように分かっているはずなのに。 西園寺は、少々わざとらしい程に心外そうな顔になって。 「どうした啓太、なにか不満か?」 「ぃ・・・いえっ、嬉しいです、けどっ!」 啓太は慌てて云って、頬を赤くしたままふるふると勢いよくかむりを振る。 すると。 くるくると変わるそんな啓太の表情を、少し驚いた顔になってなんだかしみじみと見返していた西園寺が。 ふいに。 ふわりと、眼差しを甘く和ませて。 「確か啓太の部屋には、私の寝間着も一式おいてあったな」 「・・・・・?」 急な話の展開に付いていけずにただ首を傾げる啓太を、まっすぐに見返して。 「明日は休みだ」 「ぇ・・・・はい」 啓太には、繋がりが分からないような話の進め方をしながら。 「分からないか? お前の部屋に泊まっていく、と云っている」 そのくせ最後に飛んでくるのは、結局いつも直球で。 「・・・・・っ!」 そこまで云われてようやく西園寺の言葉の意味するところに辿りついた啓太が、けれども辿りついた途端に回線をショートさせて言葉を返せずにあぐあぐと口を開いては閉じてをしていると。 にやり、と。 凶悪に綺麗な笑みを浮かべた西園寺が、もう一度、訊ねる。 「不満か?」 訊ねるというよりはむしろ、決定事項を告げる相変わらずの調子で。 否などとは、誰にも云えるはずもない言葉。 だから啓太などは本当に、いつだってひとたまりもない訳で。 「・・・不満なんてそんなの・・・ないです、そんなこと全然・・・」 心の準備も出来ないままに、するすると決まってしまった二人の一夜。 耳どころかつむじまで赤くなりながらしゅうしゅうと湯気を上げる啓太は、恋人を招き入れるために、部屋の扉を大きく開いた。 前を通り過ぎざま、その胸許に、無造作にふわりと花束を押し渡されて。 「宿代がわりだ」 遠慮せずに受け取っておけ、と。 既に早速艶めいた表情で、女王様が笑った。 |