蛍・丹羽ver.





 宵闇の中、校舎裏を抜けて林を抜けて。
 手を引かれて坂道を下るうちに、水音が聞こえてきた。
 波のリズムとは違って、さらさらと変化のないそれに。
 なんだろう、川でもあるのかなと、軽く伸び上がって先を覗いた啓太の目の前を、ふわりと頼りない灯りが流れて横切った。

「? ・・ぁ・・・ホタルだ!」

 思わず声を上げた啓太に。
「やっぱ今年もいたか」
 目線で灯りを追いながら、語尾に僅かな嬉しさを滲ませて、丹羽が応える。
「この時期になるとな、この辺、毎年出るんだよ」
「出るって・・・お化けじゃないんですから」
 王様ってば、と啓太がおかしそうに笑う。
 けれども。

 ・・・毎年?

 無意識に引っかかってしまった言葉を胸のうちで反芻して、啓太は小さく首を傾げた。
 去年も、もしかしたらその前の年も。
 こうしてここに、誰かとホタルを見にきたのかなと、思わず考えてしまう。
 この人は、王様なんて呼ばれている、懐の深い、情に篤い人だから。
 誰とどんな状況でここに来たのだとしても、しっくりと納得ができてしまう気がして。
 水面に映る淡いホタルの光をぼんやりと眺めながら啓太は、胸のうちのせつなさを、こっそりと募らせる。

「どうした、啓太」

 黙ってしまった啓太を訝ったのか。
 丹羽が、繋いだままでいた啓太の手をわずかに引く。

「ぁ・・・いえ、なんでも・・・」

 覗きこむ顔を見上げて見返して、へへと笑って見せるけれど。
 その内側に潜む気持ちに気付いたかのように、不意に手を伸ばした丹羽が、宥めるように愛おしむように、やんわりと啓太の頬を辿った。

「あ・・あの・・・っ、王様・・・?」
「んな顔すんな・・・俺はお前の側いる。分かるだろ?」
「・・・はい」

 啓太は頷いて、ほっと安堵の笑みを浮かべる。
 大雑把な人かと思えば、こうして時折、不思議なくらい的確な気遣いを渡される。
 それはたぶん考えての行動ではなくて。本能で、感じていることで。
 こういうとこずるいんだよな、かなわないんだよなと。
 幸せな気持ちで啓太は、掌の温もりに、そっと頬を押し当てた。