蛍・篠宮ver.





 宵闇の中、校舎裏を抜けて林を抜けて。
 手を引かれて坂道を下るうちに、水音が聞こえてきた。
 波のリズムとは違って、さらさらと変化のないそれに。
 なんだろう、川でもあるのかなと、軽く伸び上がって先を覗いた啓太の目の前を、ふわりと頼りない灯りが流れて横切った。

「? ・・ぁ・・・ホタルだ!」

 思わず声を上げて、灯りを追うように手を伸ばす啓太の様子を。
 隣に立った篠宮が、優しい笑みで見遣る。

「この小川は、弓道場から遠目に見えるんだ」
「そうなんですか? ええと、弓道場は・・・・・あ。あれですね」
「ああ・・・」

 迷うようにくるりと彷徨わせた視線の先に、覚えのある建物を見つける。
 今日は昼間も・・・授業中はともかく、放課後の部活の時間帯はずっとそこで一緒に過ごしていたのだなと考えると、なんだかとてもくすぐったくて。
 啓太は自然と口許が緩んでしまうのを止められない。
 けれどもそんな風に意識の半分を闇の向こうの弓道場に向けたまま、残りの半分を手を差し伸べたホタルに持っていかれている啓太の注意が、でこぼこと危なっかしい足許に及ぶはずもなく。
 当然。

「でも今は誰もいないから真っ暗・・っ、・・・ぅ、わっ?!」
「伊藤っ!」

 靴底が、濡れた岩場でつるんと滑って。
 次の瞬間、身体が浮いた気がした。
 次いで、ぎゅっと胃の底がすくんで。
 落ちるっ、と身構えて緊張させた躰は。けれども。

「・・・っ、・・」

 落下する前に、ぐいと腰を引き寄せられて。
 そのまま、温かなぬくもりに包み込まれる。

「・・・・ぁ・・」

 瞬いた視界には、当たり前のように篠宮の白いシャツ。

「す、すみません、篠宮さんあの、俺・・・っ」
「ちょうど、云おうとしたところだったんだ」
「え?」
「いや、足許に気をつけるようにと」
「あ・・・」

 先を越されたな、と苦笑をされて。
 けれどもその笑みにはたっぷりと甘さが含まれていたから。

「・・・・・」

 頬を熱くした啓太は、ほてった顔を隠すように。
 大人しくぽふんと、その胸に額を預けた。