蛍・七条ver.





 宵闇の中、校舎裏を抜けて林を抜けて。
 手を引かれて坂道を下るうちに、水音が聞こえてきた。
 波のリズムとは違って、さらさらと変化のないそれに。
 なんだろう、川でもあるのかなと、軽く伸び上がって先を覗いた啓太の目の前を、ふわりと頼りない灯りが流れて横切った。

「? ・・ぁ・・・ホタルだ!」

 思わず声を上げて、水辺へと走り寄って。
 ふわふわと眼差しで蛍を追う啓太の脇に、歩調を変えないままゆっくりと追いついた七条が並ぶ。
 本物の蛍を見ることなんて初めての啓太が、そうしてしばらく夢中になってホタルの灯りを追っていると不意に、伊藤くん? と呼びかける穏やかな声が降ってくる。
 啓太は、どこか夢心地のまま、ふわりと七条の顔を振り仰いだ。

「蛍の灯りには、どんな意味があるか知っていますか?」
「? なにか意味があるんですか?」
「ええ」

 にこりと、啓太の顔を見下ろして。

「あれは、ラブメッセージなんですよ」
「? ラブ、メッセージ・・・?」

 どういう意味ですかと不思議そうに瞬く啓太に。
 七条は、フフと甘ったるく笑って見せて。

「意中の相手に、自分の方を見て欲しいというアピールをしているんです」
「アピール・・・」
「ええ、こんな風に・・・」

 差し伸ばされた大きな手のひらが、するりと啓太の頬を撫でる。

「・・・っ、・・」

 驚いて僅かに目を瞠った啓太の顎には、指先が添えられて。
 反らすことのできないその瞳を、笑みを含んだアメジストが絡めとる。

「愛しています」

 啓太にも分かり易い。
 直接的なアピールと一緒に。

「僕だけを・・・見詰めていてください」

 囁く唇がゆっくりと近づくのに。
 頬を熱くした啓太は小さく頷いて。
 少しくすぐったい気持ちで、そうっと瞼を閉じた。