「あれ、啓太、ネクタイ曲がってる」 云って和希がするりと啓太の喉許に指を伸ばす。 「ぇ? ぁ・・・さっき体育の後で、急いで結んだから」 元々器用とはいいがたいところに更に慌てて結んだから、歪んでしまっているのかも、と。 啓太はネクタイを直してくれている和希の邪魔にならないようにと、軽く顎を上げて仰のいた。 鏡のない場所で、自力で上手く結びなおせる自信はないので仕方がない。のだ、けれども。 「・・・・・」 和希の長い指先が、しゅるりと器用にネクタイを解いていく。 結びなおすためには仕方がないとはいえ、こんな場所でこんなことをされることには、当たり前だけれど慣れてなんかいない。 しかも、和希が啓太のネクタイを解くというシチュエーション自体は、初めてなどではないのだ。 寮の部屋や理事長室、プライベートな場所では幾度となく経験していることで・・・・だからこそ余計にいろいろ考えてしまって、困る。 こっそりと息を詰めている啓太をよそに、和希は解いたネクタイをするすると器用に結び始めた。 ネクタイ結び歴が啓太よりも少し・・・いやもしかしたらかなり長いのかもしれない和希だから、慣れているのは当たり前なのかもしれないけれど。 その慣れた手つきに、和希ってやっぱり大人なんだなあなんて考えてしまって、普段教室ではしないような意識をしてしまって。 「・・・・・」 なんだかすっかり落ち着かない気持ちになってきた啓太の目線は、素直にそわそわ泳いでしまう。 と、近い距離からくすりと吐息が届いた。 「・・・・・?」 なに? とテレ含みの咎める眼差しを向ければ。 ひどく楽しげな様子でノットの形を整えている和希は、手許から目を外さないでいるくせに、しっかり啓太の視線に気付いたらしい。 「啓太、首まで赤くなってる」 「っ・・・だ、だって・・・っ」 「思い出しちゃった?」 部屋で俺がこうやって結んでやるときのこと。 それとも解いてるときのことかな? なんて。 まるで普通の会話をするときみたいななんでもない顔をして、声ばかりを艶めかせた和希が小声でそんなこと云いだすのに。 周囲の連中に聞かれるんじゃないかと、啓太のほうが心配になってうろたえて、慌てて和希のシャツの袖を引く。 「か、和希! ここ、教室!」 「そうだよ、教室」 するとそれまで手許しか見ていなかった和希が、答えと一緒に顔を上げた。 そうしてにこりと、爽やかな笑みで。 「だからそんな顔するなよ」 「そ、そんなって、どんな」 「そんな、キスしたくなるような可愛い顔」 「――――・・・・っ!!」 昼間の教室で交わすにはありえない種類の会話に、目を瞠った啓太はぽすんとあっけなく回線をショートさせる。 もっとも、夜の寮の互いの部屋で同じことを云われたとしても、余裕のある切り替えしなんてできるはずもないのだけれど。 キ、キス、とかっ。 教室で、なんて! 混乱してしまって口には出せない分、大きな瞳で雄弁に動揺する啓太の顔を、くすくすと愛しげな笑みで見下ろしながら。 和希は満足そうに、結び終わったネクタイをぽんぽんと叩いた。 「ほら、できた」 「・・・・・・・ありがと」 ぽそ、とそっけなくもちゃんとお礼を云う啓太の素直さには。 実際、ぐらりと激しく理性を破壊されかけて、本当に危ないところだったのだけれど。 ギリギリのところでどうにか大人の余裕を守り通した和希はもう一度、すっかり真っ赤になってしまっている啓太の顔を覗く。 「じゃ、昼飯行こっか?」 「・・・・・」 すると、ほんの少しだけ迷うような素振りで抵抗を見せてから。 ぷ、とむくれたままこくんと頷いた啓太に、困ったような恨めしげな上目遣いの眼差しを向けられて。 「・・・・・・・・・啓太」 「・・、ぇ・・・・・っ?!」 今度こそ理性は木っ端微塵。 一途な恋の前では、結局は大人の余裕なんてあってないようなもの、らしい。 |