プレゼント王様が生まれた、1年に1度の特別な日。 だから、特別なお祝いをして、二人一緒に過ごしたい。 特別なお祝いには、特別に喜んでくれる特別なプレゼントが不可欠。 不可欠、なのだけど。 なのだけど・・・。 昼休み、よく晴れた校舎の屋上で爽やかな風に吹かれながら。 手すりに凭れてうららかな学園風景を見下ろしながら丹羽は。 彼らしくもなくどんよりと濁った暗雲を両肩に背負って、どん底深くまで落ち込んでいた。 避けられてる気が、するんだけどよ・・・。 先ほどの・・・というか、今日一日、あらゆる場所で遭遇した4度の出来事を思い返して。 丹羽は、魂ごと吐き出してしまいそうな盛大なため息に暮れる。 4度目はほんの10分ほど前の話。 3階の渡り廊下で啓太を見掛けたときのことだ。 ひよひよとクセ毛を揺らしながら大きく身振り手振りをして、一緒にいる遠藤に向かってしきりと何事かを訴えているようだったから。 丹羽は、啓太を見掛けるといつもそうするようににまりと笑んで、右手を挙げて、少し遠目から呼び掛けようとした。 ところが。 「よーう啓・・・」 まで云ったとき。 びくんと、こちらに背を向けている小さな肩が揺れた。 だから、丹羽の姿は見えていなかったにしても、呼んだ声は聴こえたのだと思う。多分。 だというのに、啓太は慌てた様子で。 「っ・・・か、かか、和希っ! 授業始まっちゃうよ、早く行かないと!」 「え、啓太、でも王様が・・・」 「いいいいいからっ、早く早く!」 両手で掴まえた遠藤の腕をぐいぐいと引っ張って。 丹羽がいるのとは反対方向へ、一目散に廊下を走っていってしまったのである。 置いていかれてしまった状態の丹羽としては。 中途半端に挙げかけたところで行き場を失った右の掌をわきわきと握ったり開いたりしてみながら、とりあえず。 「・・・・・太?」 その背を見送る以外に選択肢がなかった訳で・・・。 啓太の姿を見掛けて声を掛けて。というか声を掛け掛けて。 目前からあからさまに逃走されること本日4度目。 これだけ同じ状況が続けば、これは偶然などではなくて意図的なものなのではなかろうかと。 鈍いだの無神経だのあっちこっちで云われている丹羽であっても、いい加減気付くしさすがに落ち込む。 なにせ相手は、恋人であるはずの啓太なのだ。 「・・・俺、またなんかしたか?」 呟いて、がしがしと髪をかき回しながら考えてみるものの、思い当たる節はない。 付き合い始めの初期の頃、西園寺との関係を誤解されて、啓太を落ち込ませてしまったことでは確かに丹羽に非があった。 だから、その時に約束したのだ。 俺は鈍いから、なにか思うところがあるなら全部云ってほしい、と。 啓太にも同様、俺は全部云うぞと。 云うと云ったからには早速暴露するが、とりあえず遠藤や成瀬には俺も妬いてたのだと。 そうしたら啓太は驚いたように目を丸くして、そうしてそのあとほっとしたようにふわりと笑って、分かりましたと頷いた。 以来、考えていることや思うことを、いいことも悪いこともできるだけ言葉や態度で伝え合うようにしてきたつもりで。 二人の関係はとても上手くいっているつもりだった。 だというのに、今日は訳が分からないまま4度も逃げられている。 顔も合わせられないのでは、なにが問題なのかを確かめることもできないではないか。 「ったく・・・どうなってんだ・・・」 脱力した丹羽は、夏の動物園のシロクマのようにでろんと溶けて。 がしゃこんと屋上のフェンスに凭れかかった。 「啓太、ほんとによかったのか? 王様固まってたぞ?」 「分かってるよ!」 和希の腕を取ったまま、意地を張るように前を向いたまま、ずんずんと廊下を進んでいく啓太のかたくなな様子に。 和希は天を仰いでひとつため息をつく。 「啓太」 けれどもそうして咎めるように名前を呼べば。 ぴくりと肩を揺らした啓太が、ようやく歩調を緩めて足を止めた。 「だ・・・だってさ」 掴まえていた和希の腕を離した手が、心許ない風にきゅっと握り締められるのを見て。 そんな些細な仕草からも啓太の気持ちが分かってしまう自分を、つくづくせつなく思いながら。 大人になんてなるもんじゃないよなあと思いながら和希は、優しい声で問い掛ける。 「プレゼント、まだ決まらないんだ?」 「うん・・・」 小さくため息をついた啓太は、俯きがちに、こくと小さく頷いた。 プレゼントを決めかねたまま、誕生日当日になってしまって。 どうしようどうしようと、気持ちばかりは焦るのだけれど。 なにが欲しいか、本人に聞くのが一番かもしれないと考えて、数日前に、王様の好きなものはなんですかと尋ねてもみたのだ。けれども答えは「肉」だった。 え、ええとそれじゃあ趣味はと尋ねたら「体動かすことだな」と。 焼き肉食べ放題では恋人への誕生日プレゼントとしてはあまりにも色気がなさすぎるし、丹羽のプロレスの相手をするには、啓太ではどう考えても力不足だろう。 それにやっぱり。 「記念になるもので、いつも持ち歩いてもらえるようなもの・・・が、いいんだよな・・・」 もぐもぐと、情けない顔をして口の中で呟く啓太に。 しょうがないなあ、と和希は苦笑いだ。 どうやら啓太は、ぐるぐると同じところを回っているうちに、本来の目的を見失ってしまったらしい。 その頭をなだめるようにぽんぽんと軽く叩いて、提案する口調で和希が口を開く。 「あのさ啓太、逆だったらどう思うか、考えてみればいいんじゃないか?」 「? 逆?」 「そ。誕生日なのが啓太で、王様が啓太になにか、誕生日プレゼントをくれるとして」 うんうん、と頷く啓太に、和希は人差し指を立てて続ける。 「王様が、啓太になにをプレゼントするか、当日まで決められなかったとしてさ」 和希があげつらう状況には、確かに覚えがあって。 続きが気になる啓太は真剣な様子で頷きながら、ずいと身を乗り出した。 「合わせる顔がないって王様が、啓太と会わないように会わないようにしてる訳。あ、勿論啓太は、王様がどうして啓太のことを避けてるのか知らなくてな?」 「う、うん・・・」 確かにその状況は、今の啓太と丹羽の立場をまったく逆にしたものだけれど。 あの丹羽が、啓太の誕生日プレゼントなんかにここまで振り回されるなんて・・・ありえないような気がする。 でも・・・。 「・・・・・」 和希の云う状況を少し想像してみただけで、つきんと胸が痛んだ。 啓太は心臓の前辺りで、きゅっと拳を握り締める。 「声掛けるたんびに逃げられて」 「・・・・・」 「それも1度じゃなくて、2度・・・3度?」 「・・・よ、4回」 顔色を白くした啓太が、ふるふるとかむりを振りながら応えると、和希は驚いたように目を丸くする。 「4回―っ?! へえ、王様も意外と気が長いんだな・・・まあいいや、4度も逃げるみたいに無視されてさ」 「しっ、してないよ! 俺、無視なんて!」 「本当に?」 「・・・・ぇ・・」 「啓太はしてないつもりでも、王様はどう思ってるかなあ」 「・・・・・」 こくん、と息を飲んだ啓太は和希に云われるまま想像を広げてみる。 声を掛けても掛けても、王様が俺の方を見てくれなかったら。 姿を見かけて近づこうとしても、逃げるみたいに・・・無視するみたいに、目の前から去られてしまったら・・・。 状況を仮定してみただけでたまらない気持ちになって、啓太の眉はハの字になる。 きっと啓太だったら、丹羽にそんな風にされたら、嫌われたとか飽きられたとか、もしかしたらやっぱり西園寺さんのことが好きだってことに気が付いたのかな王様はとか、そんな、悲しい想像ばかりをして不安でたまらなくなるに違いない。 啓太は丹羽に、そんな想いをさせてしまったかもしれないのだ。 年に1度しかない、大切で楽しいはずの今日。この日に。 「俺・・・すごいバカだ、ほんとに・・・」 どうしよう・・・と力なく呟いて、しゅんと落とした啓太の肩に。 考えてみろよ、と和希が手を置く。 「啓太だったら、欲しいものはなに?」 急にそんなことを問われてもすぐに思いつくのは難しくて、啓太はぐるぐると考え込む。 欲しいもの・・・欲しいものなんて、そんなの俺・・・。 「特別な日に、王様に一番して欲しいことはなに?」 だって俺は、王様が傍にいてくれればそれで・・・。 あ。 当たり前のことのようにすんなりと浮かんだ答えに。 啓太は目を瞠って勢いよく顔を上げる。 その様子に、啓太の考えはすべてお見通しみたいな顔をした和希がくすりと笑って。 「答え、出たか?」 「う、うん、出た、俺・・・」 もうすぐ始まる5限目の授業は確か英語だった筈だけれど、そんなことを云ってる場合じゃない 啓太はぎゅっと拳を握り締めて。 「お、俺! ちょっと行ってくる!」 宣言するやいなや、くるりと踵を返して、元来た方へと廊下を駆け出した。 和希はその背中を見送って。 「あーもー・・・俺も感染ったかなあ、啓太のお人好しが・・・」 呟きながら「和希ありがとう―! ほんとに―!」と喚いてこちらに手を振っている啓太に、苦笑いでひらひらと手を振り返した。 階段を2段飛ばしで駆け上がった啓太は、屋上への扉を、ばいーんと豪快に開け放った。 転げるように屋上へとまろび出て、眩しさに目を眇めながら、目指す姿を必死に探す。 「王様・・・どこに・・・」 いつもならば魔法のような運が発動して、会いたい相手のいる場所や探しものが落ちている場所を一発で見付られる啓太だけれど、今回はまず3年生の教室に行ってハズレ、海岸に行ってみてもハズレ、ならば昼寝中かと校舎裏行ってみたけれどやっぱりハズレて。 これは絶対、王様にひどいことしたせいでバチが当たっているのだと、泣きたいような心地で上空を仰いだら、ようやくその視界の先の先、校舎の屋上でフェンスに凭れてたれている丹羽を見付けて。 嬉しいのか悲しいのか申し訳ないのか情けないのか、よく分からないけれどますます泣きたくなりながら啓太は、必死にここまで駆け上がってきたのだ。 だというのに、ここでもまた空振りをしてしまったら・・・。 「・・ぁ・・・4回目に、なる・・・」 ふと。 同じ回数だけ自分も、丹羽のことを避けていたのだと気付く。 せつなくて泣きたい気持ちになるくらい。こんなに何度も。 もしかしたらもう嫌われてしまったかもしれないと、気持ちがしぼんで俯きそうになったとき。 「・・・啓太?」 聴こえた声に、啓太の肩がぴくんと揺れた。 慌てて振り向いて、見つけた大きな人影は。 逆光になっていて、顔とか表情とかが見えなかったのだけれど。 それでも啓太にはすぐに、それが誰だか、ちゃんと分かった。 「お、王様っ!」 まさに飼い主を見つけた仔犬のように。 ころころと駆け寄った啓太は、そのままの勢いで丹羽の腰に飛びつく。 「っ、・・・啓太、どうした?」 捨て身のタックルの後、ぎゅうぎゅうと腰にしがみついて胸に顔を押し付けてくる啓太の肩に。 戸惑う風に、丹羽の両手が置かれて。 とにかく顔を見て話そうと、どうしたのかと問うために少しだけ身体を離そうとした、その前に。 切羽詰った様子で、勢いよく啓太が顔を上げた。 「俺・・・俺っ、王様になにをプレゼントしたら喜んでもらえるかが分からなくてそれでっ」 真っ直ぐに丹羽を見上げて、一生懸命に話す啓太の様子に。 不条理に避けられていたことへの苛立ちとか、思わずやさぐれてしまったこととか、そういう。 胸の内にあったマイナスの想いが、あまりにもあっさりと溶けて消えてしまって。 「プレゼントが決まらないからおめでとうも云えないしっ、おめでとうが云えないから誕生日の話題もダメだって思って、だったらとにかくプレゼントが決まるまでは話すのもダメかなって思って、でもっ」 啓太は啓太で、とにかく会わなくちゃ、会って話しをしなくちゃとそればかりを考えていたから。 実際にこうして顔を合わせてしまえば、まずなにから話したらいいのか、どう言葉をつづったら上手く気持ちを伝えられるのかが分からずに。 もどかしくて、丹羽のシャツの背を握り締める手のひらにきゅっと力がこもる。 「でも・・・っ、でも俺、王様に・・・ちゃんと・・・っ」 駄々をこねるようにかむりを振って言葉を詰まらせる啓太を。 固まったままただ見下ろしていた丹羽の顔が、驚いたような表情からゆっくりと、安堵したような、嬉しそうなそれへと変わっていく。 そうして。 「・・・啓太」 大好きな声に名前を呼ばれて。 啓太は今度こそ逃げずに、ゆっくりと顔を仰のかせた。 走ってきたせいもあるし、興奮してそのまままくし立てていたせいもあるし。 軽く乱れた息のまま、それでも瞳を反らさずに、真っ直ぐに丹羽を見上げる。 啓太が丹羽の顔を見ながら話すとなると、その身長差のせいで、軽く仰のいて顎を上げた、ちょうど今のような体勢になる。 丹羽が話をする間、ちゃんと言葉の意味を理解しようとするときのクセなのか、啓太は少し首を傾げてじっと目を見詰めてくるのだ。 その、馴染んだ啓太の真っ直ぐさが、ようやく手の届くところに戻ってきた。 心底愛おしいぬくもりに触れて確かめるために、丹羽はそっと手を伸ばす。 「啓太・・・俺のほしいものは、ここにある」 柔らかな頬の輪郭を、人差し指の背がやんわりと辿って。 「・・・くれるか?」 俺に、と。 問い掛けるその瞳がとても優しくて。 啓太は目が離せなくなる。 そうして、伝えたかった気持ちがちゃんと伝わってくれたのだと知って。 啓太は眩しそうに笑って、はいっ、と大きく頷いた。 「誕生日、おめでとうございます、王様」 いっぱいに両手を伸ばして、伸び上がって丹羽の首にしがみつくと。 そのまま大きく、安堵の深呼吸を、ひとつ。 その様子を間近に見て、ただやんわりと腕の中に抱いて啓太が落ち着くのを待ってくれている丹羽に。 ようやく息を整えた啓太が、少しだけ躰を離して、へへと目を細めて笑ってみせた。 「俺・・・プレゼントのことばっかり考えて、王様がどう思うか考えられなくなってて。でも和希が・・・」 「・・・遠藤が?」 二人きりの空間に、ぽんと飛び出した第三者の、しかも丹羽としては最要注意人物と目している遠藤の名前が出たことに、少しだけ過剰反応をして見せれば。 啓太は笑って、そうじゃないです心配しなくていいですと、小さくかむりを振ってから。 「和希が、逆の立場だったらどう思うか考えてみろって云って・・・」 肩口にこつんと額を預けて、わずかにくぐもった声が告げる。 「それで俺、考えて。俺だったらどうかなって考えたんです。それで」 丹羽の背に回された啓太の手が、シャツの背中をきゅっと握り締める。 そうしてもう一度、ゆっくり顔を上げて真っ直ぐに丹羽を見上げて。 「俺は、王様がいてくれれば、それだけでいいから」 しっかりと眼差しを合わせて。 とても大切なことのように。 「啓太・・・」 その告白を、気付けば息を詰めて聞いていた丹羽は。 深く大きく息をついて、眼差しを少しテレたように和ませて。 「・・・俺もだ」 誓いのように、応えた。 「俺も、啓太がここにいてくれんなら、それでいい」 ここに、と。 腕の中深くに抱き寄せて、啓太がいるべき場所を教えながら。 「王様・・・」 一度だけ、そう呼んで。 同じだけ強く丹羽の背を抱いて、しばらくそうしていた啓太だけれど。 うーんと悩ましげに呻いて、もぞもぞと身じろいて、ゆっくりと顔を上げて。 そうして物言いたげな眼差しで、丹羽を見詰める。 その表情が先ほどのように、思いつめても、深刻そうでもないことを確かめてから。 なんだ? と眼差しで問うてやれば。 「あの・・・でも俺、誕生日の記念になるものもあげたいんです、けど・・・」 「そっか? んじゃ、明日一緒に見に行こうぜ」 「明日? 今日の放課後は・・・」 不思議そうに小首を傾げる啓太に、丹羽はにやりと笑ってみせて。 僅かに屈んで耳許に、少し特別な、低く艶めいた声で、囁いた。 「くれるんだろ? お前を」 「・・・・・」 その言葉の意味を、あやまたず受け取ってしまった啓太は。 かああと耳どころかつむじまで赤くして、慌てたように俯いてしまう。 けれども丹羽には、それがYesの答え代わりだと分かるから。 上機嫌に笑んで、しゅしゅしゅと熟して湯気を上げる啓太のその頭に、なだめるようにぽんと手を置いた。 「あの・・・王様?」 丹羽の掌を頭に乗せたまま、そうっと仰ぎ見る眼差しを。 今度はなんだ? と笑って見下ろしたら。 返されたのは、はにかむような眩しい笑顔。 「俺、王様のことが・・・大好きです」 笑顔と、その言葉と。 一緒に渡される啓太の真っ直ぐな気持ちが。 なによりもなによりも、きっと最高の誕生日プレゼント――― |