As You Like It ver.KING人間には、向き不向きというものがあって。 それをするのに向いている人間がいるのであれば、その向いている人間がそれを片付けたほうが円滑だし、効率的だ。 大人しく椅子に収まって書類と向き合って過ごすのは自分には向いていないのだと公言して止まないBL学園学生会長丹羽哲也は、毎日の放課後、まさにその理由を楯にとって、仕事熱心な副会長の手を逃れている訳だが。 今日は珍しくも前向きに、なかなか軽快な足取りで、堅苦しい椅子と小難しい書類が待ち構えている学生会室へと向かっていた。 理由は簡単。 そこに行けば啓太がいると、先ほど啓太のクラスメートに聞かされたからである。 隣合わせの席に腰を落ち着けて、ほのかに存在を感じながら作業をしている最中。 もう王様ってば、仕事サボっちゃ駄目ですよ、とか、真面目にやってください、とか。 少し困った顔をした啓太に、小さく首を傾げて諭すように云われれば。 それはいわゆる苦言というやつであるはずなのに、わくわくと心躍ってしまう訳で。 分かったよと頷いて見せればほっと安堵したようにふわりと笑う、その表情にもまた心が和まされる。 そんな啓太のちょっとした仕草を思い出しては脳裏に描きながら丹羽は、上機嫌で鼻歌をそらんじながら廊下を通って、学生会室の扉に手を掛けた。 そうして。 「うーっす。どうだ作業は進んで・・・っ」 っかー。と云おうと開けた口からはしかし声が出なかった。 開けた扉をくぐりかけた丹羽を、くるりと振り返った人影は2つ。 眼鏡を掛けていない中嶋と。 眼鏡を掛けている、啓太である。 少し薄めのシャープなシルバーフレームは、お世辞にも啓太に似合っているとは云い難い。 そのうえこちらを向いている啓太の表情が。 唐突に部屋に現れた丹羽に驚いてきょとんと無防備なものだから、余計に浮いて見える。 その眼鏡は。 その眼鏡は、確か。 見慣れたその眼鏡が本来収まるべき場所は、啓太の鼻の上ではない筈で。 では誰のものかと一瞬考えて、というよりも考えるまでもなく答えを理解した途端、むかりと胸のうちに暗雲が生じる。 中嶋のトレードマークであるそれを、啓太が掛けているなんて。 まるで、自分の居ぬ間に所有の証をつけられたようではないか。 「あ・・・王様っ」 入ってきたのが丹羽だとようやく認識した啓太が、ぱっと嬉しそうな笑みになる。 視界が歪んでいる分、反応に時差があるらしい。 けれども眼鏡越しのその啓太を、すぐには同じテンションで見返せずに。 大またでつかつかと机に歩み寄った丹羽は、がるると牙を剥いて唸った。 「なーにやってんだよ、お前らはっ」 ぽんやりと、微妙に視点の合わないような危うげな眼差しで見上げてくる啓太の鼻先から、ひょいと眼鏡を奪う。 わわわと驚いたように首をすくめてぎゅっと目を瞑ってしまった啓太の仕草にどきりと胸を高鳴らせながら、無造作を装って中嶋の胸元へとそれを突っ返した。 「ほら」 「・・・・・」 無言ながらもニヤリと笑んだ口許に、内心の動揺を悟られてるような気がして。 「な、なんだよっ」 「なにも云ってないだろう」 落ち着かない心地でがなったら。 受け取った眼鏡を慣れた仕草で掛けなおす中嶋に、フフンと鼻で笑われた。 「縄張り意識か? 本当に動物だなお前は」 「なんだと―っ!」 やはり心境はばれている。 けれどもその上がりかけたテンションをかわすように、中嶋は、ぺらりと一枚の書類を丹羽の顔の前に突きつけた。 「まあいい。それより丹羽、さっさとこの書類に判を押せ。さっき篠宮から催促が来た」 よくねえよとぼやきながら。 示された書類の文面を流し読んで確かめて・・・所定の位置に判を押す。 よかろうがよくなかろうが、仕事は仕事だ。 「篠宮には俺が渡しておいてやる。今日は俺はそのまま帰るから」 判の位置を、片眉を上げて確かめて。 よし、と頷いた中嶋は。 「感謝するんだな、てっちゃん」 通り過ぎざま告げて、ぽんと丹羽の肩を叩いて。 ついでのように啓太のクセ髪をぽんぽんと撫でて叩いて。 ごゆっくり、と。ひらりと手を振って部屋を出て行ってしまった。 恋愛に関しては自分はとても不器用で。 経験やらテクニックやらでは太刀打ちできない自覚くらいはある。 けれども、例え中嶋や他の連中を相手に回しても、負けていないと自負している部分もあるのだ。 例えばそれは、啓太への気持ちや、守ってやれる自信・・・。 「ぁ、あの・・・王様・・・?」 悶々とする丹羽の、シャツの袖をついと軽く引いて。 そろりと、遠慮がちに掛けられた声に。 物思いを止められた丹羽は、ゆっくりと眼差しを向ける。 「印、なんてっ」 視線が絡むと、かああと見る間に啓太の頬が赤くなって。 むずむずと瞳を泳がせたいような、落ち着かないような気配を見せるけれど、それでも。 まっすぐに丹羽を見上げたまま。 「印なんて付けなくても、俺は・・・王様のものです」 それに、と。 我慢しきれないようにふいと俯いた耳までもが、ほんのりと赤い。 「みんなも・・・知ってること、だし」 丹羽も啓太も、隠し事や、嘘をつくことが苦手だから。 吹聴して周った訳ではないけれどいつの間にか、学内の主だった面子には、二人の関係は知られていて。 「だから・・・印なんて付けなくても、俺・・・」 「・・・啓太」 もぐもぐと、気恥ずかしさに口ごもりながら、それでも一生懸命に告げる啓太のつむじを。 マジマジと見詰めていた丹羽が。不意に。 くるりと踵を返して、扉の方へと歩いて行ってしまう。 「・・・王様?」 慌てて顔を上げて、その大きな背中を視線で追って。 なにか気に障ることでも云ってしまったのだろうかと、啓太は息を詰めるけれど。 そんな啓太の不安をよそに、丹羽は。 また踵を返して、すぐに啓太の許へと戻ってくる。 「・・・・・?」 どうしたんですか? と問うように顔を見上げれば。 今度は丹羽が、視線を泳がせる番。 そうしてぼそりと、呟きを返す。 「いや、鍵・・・掛けてきた」 「ぁ・・・・・」 だからよ、と伸ばされた掌の意味を知って。 意外なほど優しく、気遣う風に頬に触れる指先の温かさに。 安堵して、啓太はとろりと、幸せな気持ちで瞼を閉じた。 |