ゆく年くる年そんなのは、ただの口実だった。だって、自分が一分一秒でも一緒にいたかったから。 冬休みに入り、寮生たちもぱらぱらと自宅へ戻り始めていた。人もまばらな食堂で、啓太は隣に座る丹羽を見上げる。 「王様、寮に残るんですか?」 丹羽の父親は、盆暮れ正月お構いなしの警察官。つまるところ正月は仕事の為不在で、母親はそれに乗じて実家でのんびり羽根を伸ばすつもりらしいのだ。 「じゃあ俺も残ります」 丹羽は人が少ないのをこれ幸いとばかりに、テーブルの上に長い足を投げ出した。 「俺は家に戻っても誰もいねえから、ここに残るんだよ。啓太はそうじゃねえだろ、家に帰れよ」 「だって、王様一人じゃ寂しいじゃないですか」 「どうせ寝正月だからなー。どこにいても、そう大してかわんねえよ」 もう。 「俺が、いたいんです」 「あー?」 気づけ! 「俺が王様と一緒にいたいんです!」 どうだ、と言わんばかりに啓太は右手で丹羽の胸元をどん、と、一回どついた。 「・・・・・・」 ぽかん、と口を開けた丹羽は、みるみるうちに気はずかしそうな笑みをもらす。 「そ、そっか・・・。でも、お前が戻らなかったらおふくろさん、残念がるんじゃねえか?」 「俺の母親に気を使うより、俺に気を使って下さい」 「う・・・すまん・・・」 自分に非があることには拍子抜けするくらい潔い良い丹羽に、啓太はつい笑って許してしまう。 そもそも、怒ってなんかいないんだけれど。 「でも」 丹羽の大きな左手が、がしりと啓太の頭をつかんだ。 「啓太と一緒に過ごせるのは、嬉しい」 丹羽は言葉を探しながらも喜びをこらえ切れない様子で続ける。 「思いもよらなかったっつーか、・・・はなっからあきらめてたから。サンキュ、啓太」 啓太は丹羽の手を掴んで、微笑んだ。わかればいいのだ。 そして、今年最後の日。 ほとんどの寮生が自宅へ戻っているからか、新しい年を迎えるという気持ちがそう感じさせるのだろうか、学園内は神聖なまでの静けさをたたえていた。 年末年始は学食もお休みなので、丹羽と啓太は年越しに備えて買いものへ出掛けた。必要に迫られたとはいえ、こうやってのんびり丹羽と買い物に出るなんて、今更ながら初めてかもしれない。気のせいか丹羽の機嫌もいつも以上に良いようにみえて、啓太はほんのり暖かい気持ちになりながら買い物かごを持ち直した。 それにしても、二人分なのはわかるとして―――。 「王様、鍋の材料買ってるんですよね?」 「そうだ。せっかくなんだから、あんまり学食で出ないもん食おうぜ」 「はい!」 「なんか食いたい物あったら、入れとけよ」 「そ、そうですね・・・」 これは、何日分なんだろう。 かごからあふれそうな食材を押し込みながら、啓太は鼻歌まじりで歩く丹羽の背中を追い掛けた。 帰宅後、大晦日の風物詩・紅白歌番組の始まりと共に、夕食の支度も始まる。 意外なことに、丹羽の料理センスはなかなかだった。もちろん篠宮のようには行かず、大ざっぱだったり目分量だったりするところは多々、あったけれども。 目の前にある鍋は最初こそ普通の鍋だったが、歌番組が進むにつれて水炊きになり、しゃぶしゃぶになり、いろんな物が混ざり、最後はチゲ鍋になっていた。 まさかとは思いましたが一日分、だったんですね、王様・・・。 啓太はもはや何回目か数える気もなくして、鍋に湯を足すべくヤカンを傾ける。 「ほら、啓太、肉もういいぞ」 「いや、俺はもう・・・」 口を開くといろんな意味で危険を感じたが、啓太はそれを押して直訴した。 「王様、俺もう無理です。これ以上食べられません」 丹羽も何個空になったか解からない肉のスチロールケースの山を眺めて言う。 「そっか、やっぱり腹八分目にしておくべきだよな。これぐらいにしておくか」 はー? 「これで八分目、ですか?!」 「んー?」 丹羽と滝を養っている学園、そして学食のおばちゃんを、年の瀬に啓太は改めて尊敬した。 「歌番組、今どれくらいだ?」 空になった鍋もそのままに、丹羽はそのままごろりと横になる。 「曲順からいうと、真ん中をちょっと過ぎたあたりですよ」 新聞を片手に、啓太が答える。丹羽は、んんん、と、伸びをした。 「大林幸子は絶っ対見ねえとなー」 「あれ、ひばりちゃんひと筋じゃないんですか?」 「幸子は記念品なんだよ。除夜の鐘みてえなもんだよ」 「あはは、そうですね」 啓太も右へ習ってごろりと横になり、天井を見上げた。名残の湯気がうっすら見える。 テレビからは、歓声と拍手の音。 しみじみと、けれども楽しそうに丹羽がつぶやいた。 「今年も終り、か。しかし早ぇえなー」 啓太も天井を見上げたまま答える。 「そうですね」 「いろんなことがあったな」 「・・・そうですね」 ベルリバティ・スクールへ入学して、退学勧告を受けて、MVP戦を勝ちぬいて。 たくさんの人に支えられて、そして。 「・・・何考えてる?」 横から伸びてきた手が、啓太の髪をまさぐる。その指の心地良さに、啓太は瞳を閉じた。 「おーさまは?」 微かな笑い声が聞こえた。 「たぶん、啓太と同じだと思うぜ」 たくさん食べて、たくさん歌って、たくさんしゃべって。 頭で考えてるヒマがないくらいの毎日を、来年も、その先もずっと。 一緒に同じページを塗りつぶしていられますように―――――。 ―――――・・・。 「・・・あれ・・・」 いつの間にか、眠ってしまったらしい。啓太は寝転がったまま、きょろきょろと周りを見まわした。 「・・・うそ」 思わずつぶやく啓太の視線の先の、 テレビの画面には「新年」の文字が。 慌てて起き上がってチャンネルを変えると、ノースオールスターズの毎年恒例年越しライブが流れていた。 啓太は転がる丹羽の肩を掴んで強弱も考えずに揺さぶる。 「王様っ、おうさまー!」 「んー?」 「大変ですよ、王様!年越しちゃいましたよ!」 「んぁ?うわ、ホントだ、やっべぇ〜・・・」 慌てて起き上がった丹羽はテレビにしがみつき、心から悲しそうな顔をした。 「大林幸子の衣装見逃した・・・」 「美山憲一も見逃しましたね・・・」 じゃなくて! 「もう、王様ってば!」 「ん?」 啓太は丹羽の顔をぐいんと向かせる。 「明けましておめでとうございます、王様」 「・・・おう」 丹羽も照れくさそうに見つめ返しながら、啓太を自分の膝の上へと抱き寄せた。そしてどちらからともなく、羽根が舞い降りるような優しいキスを交わす。 再びまどろみに落ちるような感覚を味わいながら、二人は唇を離した。 「さて、と。一寝入りしたら腹八分目が五分くらいになったことだし」 「まだ食べるんですか?王様」 啓太はさすがに呆れた。それを見た丹羽がにやりと不穏な笑みを浮かべる。 「そうだなー。・・・よし、まずはお前からだ。啓太」 「えっ?」 丹羽はそのまま啓太にゆっくり覆い被さると、べろり頬を舐めた。そして、律儀にひとこと。 「いただきます」 「ちょ、ちょっと、あの、おうさ・・・んんっ」 ―――新しい年も、素敵な一年になりますように。 |