St. Valentine's Day





 まさか、王様の方から誘ってくれるなんて思わなかった。


『啓太、来週の月曜の放課後暇か?暇だったら、ちょっと俺に付き合え』

 来週の月曜っていったら、絶対あれだよな。そう、特別な日。どうしよう、俺もチョコとか買ったほうが良いんだろうか?でも、当たり前だけど今まで買ったことなんてないし(そりゃ貰ったことぐらいはあるけど)、そもそもどこで売ってるのかさえわからない。いくらなんでも妹には絶対聞けない。

 だから、何も用意できずにあっという間に当日になってしまった。



「待たせたな、啓太」
「いえ、俺も今来たところです。バイクですか?」
「ああ。こんなんなら、学園島から一緒に来れば良かったな」

 ありきたりなやり取りも、街の浮き立った気分に乗じていつも以上に胸が騒いでしまう。そんな自分を頭のどこかで感じながらも啓太は、嬉しさを隠しきれずに丹羽の顔を覗き込んだ。

 ―――それに。

「ねえ、あの男の子・・・」

 これから恋人に渡すのであろう大なり小なりの包みを持った女の子達が、色めき立ちながら目ざとく振り返っている。
 振り返った視線の先が―――啓太の恋人であることは明白だった。

 丹羽はとにかく学園内でも街中でもどこでも人目を引く。体躯の大きさや外見の良さもさることながら、内側から滲み出る存在感は否めない。丹羽自身は不思議に思っているようだけれども、鬼と称される彼の参謀がことごとく学園内の彼を探しあててゆくのには、中嶋の能力の高さと共に丹羽が丹羽であることが大きく作用していたのだ。

「そっか。だったら良かった」

 そんな人間のこんな笑顔が自分一人だけに注がれているということ。最初のうちはあんまりにも夢みたいで信じられなかったけど。

「心配してんじゃねえか、って思ったからよ」

 いつもの様に啓太の頭をぽんぽんと叩くみたいに撫でる、大きな手。
 丹羽は常に彼自身の手で、瞳で、唇で、ハートで、―――躰で、想いを啓太へ突き付ける。

「時間とか場所とか間違えたかな、ってちょっと思いましたけど」
「スマン」
「でも逢えたから、もういいです。どこに行きましょうか」
「俺、お前と行きたいところがあるんだ」

 だから俺は、ただ信じて受けとめるんだ。



 丹羽が啓太を連れて行ったのは、バイク用品を扱うショップだった。

「王様、何か探してるんですか?」
「あー・・・えーと、あ、あった」
 目の前に並ぶのは、色・形様々なヘルメット。丹羽は一通り見回すと任意のヘルメットを啓太の頭へかぶせた。
「うわ!何ですか?!」
「ん〜・・・」
 次のヘルメットが降ってくる。
「いたた・・・ちょっと、王様っ?!」
 啓太は微妙にずり落ちそうなヘルメットを押し上げた。丹羽は構わず、次々と啓太の頭にヘルメットを乗せて独りごちる

「やっぱこっち、かな・・・よし、これにしよう。それ、お前のな、啓太」
「え・・・」
「すみませーん、これくださーい!」
 丹羽の大声が店内に響き渡った。


 両手の中には、買ったばかりのシルバーのフルフェイス・ヘルメット。
「王様、これ・・・」

 やっぱり、今日は特別な日だ。丹羽はちゃんと自分のことを考えていてくれたのだ。

「俺、すごく嬉しいです!」
「そっかー?そんなに喜んでくれたら気分良いな。―――それにしてもなんだか今日は随分と街が賑やかじゃねえか?」
「そりゃそうですよ!」
「え?」
 え?

「あの・・・王様・・・?」
「んー?」


 なんか。

 なんかなんか。

「・・・なんでもないです」

 啓太はあほらしいような、情けないような、悲しいような気持ちになってつかつかと歩き出した。

「お、おい、どうしたんだよ、啓太」
 丹羽も慌てて後に続く。


 ―――勝手に舞い上がってた俺が悪いのか?俺が間違ってたのか??そうなのか???

「なんでもないです!」

 そうだよ、王様が今日が何の日かなんて知ってるわけないじゃん。
 だって、王様だもん!

 なんだよ俺、優越感なんか持っちゃって。勝手に勘違いして。

「なんでもなくねえだろ、その様子は明らかに・・・」

 これじゃただのバカじゃんか。

「機嫌が悪くなったんだろうが」
「・・・気分が悪くなっただけです」
「同じことだろ・・・」

 啓太はぴたりと足を止めて丹羽を振り返った。朗らかな笑顔でぺこりと頭を下げる。

「いえ、俺が悪かったんです。ごめんなさい、王様」
「またなんでいきなりそんなに物分かりが良いんだよ!おかしいぞ、お前」
「そうですね、俺、今日おかしいみたいです」

 訂正。全然物分かり良くねえじゃねえか。なんなんだよ、その嘘くさい笑顔は!

 丹羽は音には出さず顔に出した。笑顔の啓太とがちりと目が合う。

 ちょっと待った、落ち付け、俺。どこで間違えた?最初はオッケーだったよな?
 ・・・オッケーだったのか?うわ、わかんねえ!

 ふと、丹羽の視界の端に店頭のディスプレイが映った。
 ―――St.Valen・・・。



 ・・・最初からオッケーじゃなかったのか、俺・・・。

「あー、あの、啓太?」
「・・・・・・・・・」
 一転啓太は明らかに不機嫌そうに丹羽を見上げた。ただでさえ不利な丹羽はたじろぐ。
「わ、悪ぃ・・・俺、全然気付いてなかった」
「・・・別に、俺が勝手に間違えただけですから」
「俺が勘違いさせるようなことをしてたからだろ。スマン」

 こう素直に謝られると、自分もちょっと子供じみている気がしてきて、啓太は身じろいだ。

「・・・俺も固執しすぎてたんです。王様はバレンタインなんか関係なくても俺のこと考えてくれてたのに」
「お前、バイクに乗るの気に入ってたし、お前には持ってて欲しいと思ったからさ。どっちかっつーと、お前の為半分、俺の為半分、かな」

 お互いに怒ったりなんだりしているのがばかばかしくなってきて、丹羽と啓太は顔を見合わせて吹き出してしまった。

「じゃあ、仲直りしようぜ」
「そうですね」

 丹羽が単車にまたがる。啓太も後ろへ座った。真新しいメットの匂いが鼻をつく。
「チョコレートはさすがに今日買う気はしねえが、ケーキでも買って帰るか」
「そうしましょう、王様」

 啓太は丹羽の腰に手を回した。バレンタインにも気付かない丹羽が、啓太のバイク好きが丹羽限定だということに気付くのは、一体いつになることだろう。

 啓太はフルフェイスの奥でこっそりと笑いながら、動き出したバイクにぎゅっと丹羽へしがみついた。




バレンタイン当日の放課後まで気付かないなんてことは
いくら王様でもないんじゃないかと思うのですが(たぶん)、
今回は気付かなかった、ということで(笑)。

男子校のバレンタインデーって、どんな空気(笑)なんでしょうね。
想像がつかない・・・。
女子校はイベント!って感じでみんなで交換したりしてそう。
男子校ではさすがにそれは無いか。
やー、でも最近お菓子作るのとかお料理が上手い男の子、多そうですよね。