KING & I「・・・なあ、啓太。お前、なんか欲しい物あるか?」 寮へ続く、いつもの帰り道にいつものおしゃべり。 と、いつもの恋人。 その恋人である丹羽がいつものように他愛もない会話の中でそう聞いたから。 啓太は答えた。 「あー!俺、今猛烈にバニラアイスが食べたいです。なんでアイスって、急に食べたくなるんでしょうね?」 ね?と首を傾げて見上げる啓太に、丹羽は困ったように押し黙った。 「・・・わりぃ、俺の聞き方が悪かった。・・・その・・・」 いつもの彼らしからぬ歯切れの悪さに啓太も黙って見つめると、その眼差しにたじろいだ丹羽が明後日へ視線を逸らす。 「その・・・改めて言うと気恥ずかしいんだけどよ」 「?」 「―――もうすぐあれだろうが、お前―――」 「あれ?」 「ほら」 「はい?」 「―――誕生日だろうが、お前の!」 焦れにじれて、最後はちぎって投げるように言い放ってしまった丹羽は、どきりとして立ち止まり慌てて啓太を見た。 はた、と見詰め合ったその先には。 ぽかん、と己を見上げている恋人の顔。 図らずも向けられた気の抜けた顔に、なんだかちょっとそれも微妙に納得のいかない丹羽は、先ほどまでの勢いも手伝い王様然と言い放った。 「・・・なんだ、その顔は」 啓太は相変わらず不思議そうに丹羽を見上げている。 「いえ、王様が俺の誕生日を知ってるなんて、ちょっと意外だなー、なんて・・・」 「好きなやつの誕生日っつーのは、基本じゃねえのか」 「いや、それはそうなんですけど・・・」 急におかしさが込み上げてきて、啓太は笑顔のまま言葉を切った。それをちらりと横目で見た丹羽は、憮然とした表情で歩き出す。 その身長に見合った大きなストライドに、今さらながら啓太は普段、丹羽が自分の歩調に合わせて歩いてくれていたことに気がついた。 「もの・・・じゃなくても良いですか?」 数秒遅れて追いついた啓太に、再び丹羽の歩調が緩やかになる。 「まあ、俺に出来る範囲のことならかまわねえよ」 ぶっきらぼうな物言いは、まださっきの会話を引きずっているようだけれども。 「じゃあ、バイクに乗せてください」 「誕生日じゃなくてもいつも乗せてやってるじゃねえか」 「誕生日に乗ることに意味があるんですってば!」 「そういうもんなのか?」 「そういうもんです」 ふーん、と言いたげな顔をした丹羽は、少し何か考える素振りを見せた。 「・・・お前、免許取ったらどうだ?」 「免許・・・って、バイクのですか?」 啓太は首を傾げる。自分が運転している姿が、イメージできない。 「バイク好きなんだろ?」 「それはそうですけど」 「俺が教えてやるよ。な?」 「でも・・・俺に扱いきれるのかな」 「女だって単車に乗ってるヤツはたくさんいるだろうが。コツがあるんだよ、コツが」 「そうですね・・・俺にも・・・乗れるかな」 だんだんとその気になってきた啓太の横で、丹羽は突然大きな声を挙げた。 「あー・・・・・・・・・!」 「王様?」 「んー・・・・・・・・・」 「?どうかしましたか?」 「うー・・・・・・・・・」 腕を組み、解き、頭を掻き、少し日が長くなった空を見上げ、丹羽は立ち止まると啓太に向き直った。 「啓太くん、今の話は無かったことにしてはいただけませんでしょうか?」 「ど、どうしたんですか、王様?」 「君が免許を取ると、俺が一番困るということに、今さらながら気がついてしまいました」 訳がわからない啓太は素で尋ねる。 「それは、どういうことでしょう?」 「こういうことです」 丹羽は啓太の腕を捕らえると、いとも簡単に自分の懐へ引き寄せた。 「うわ、王様?!」 「俺が君と一緒にバイクに乗れなくなってしまいます」 どうして散々言う前にそのことに気がつかないんですかとか、免許持ってても一緒に乗れば良いじゃないですかとか、いろいろツッコみたいことはあったけれども、制服越しに伝わる熱は啓太にも手離しがたくて。 「・・・じゃあ」 啓太は、そのままの姿勢で丹羽にしがみつきながら言った。 「運転手付きのバイクを、ください」 ゆっくりと躰を引き離すと、丹羽が啓太の耳許で囁く。 「・・・それは、もう持ってんじゃねえのか」 そして特別な、いつものキスを。 「―――それとも車種か運転手に不満があんのか?」 悪戯っぽく覗き込む獰猛な瞳に、啓太はわざと答える。 「それは、どうでしょう」 「上等だ」 腕を組んで仁王立ちした丹羽は、唇の端を上げて泰然と微笑んだ。こうなった丹羽はある意味厄介だ。 「良いか、お前の誕生日は俺のために空けておけ」 なんて言い草だろう。啓太はその丹羽らしさに微笑まずにはいられない。しかしそれも、次の言葉を聴くまでだった。 「朝から晩まで、だ」 「・・・・・・」 絶句する啓太へ、ふふん、と含みのある笑みをよこした丹羽は再び歩き出す。 寮までの残る道のり、啓太が何を言ってもどう取り成そうとしても、上機嫌な丹羽が歩調を緩めることは、なかった―――。 |