weekday前提 パートナーを組むことが決まったMVP戦開始直前。そんな距離です。 雨の日の放課後の校舎の2階。階段近くの廊下にて。 「? あれ、王様・・・?」 廊下をこちらに向かって猛然と突進してくる見知った姿に、声を掛けようかどうしようかと口を開きかけた啓太は。 けれどもその突進してくる相手であるところの丹羽の様子が、かなり切羽詰って急いでいる風なのを見てとって、声を掛けるのをやめて大人しく脇にどいておくことにする。 そうして道を譲ろうと、半歩脇にずれたところで。 「・・・・・ぅ、わっ?!」 通り過ぎざま伸ばされた丹羽の腕に、ものすごい力で引っ張られて。 有無を云う間も疑問を挟む間もなく、啓太はあっさりと階段の下へと連れ込まれた。 「〜〜〜〜〜っ」 なにが起こっているのか分からないまま、身動きもできないほどがっちりと抱き込まれて。 状況が把握できずにとりあえずパニックに陥りながら、啓太は息ごと封じられている顔の下半分の自由を取り戻そうと、しっかりと覆われてしまっている口許から大きな掌を、必死になって両手で引き剥がそうとする。 一方、手の内でひっそりと生命の危機に陥っている啓太を尻目に。 「行ったか・・・・・?」 丹羽はひょいと顔をのぞかせて、廊下を伺った。 そうして人通りもなく静かな様子を確かめてから・・・。 「・・・・・行ったな」 ふうやれやれ、と息をついたところで。 「・・・っ、・・・・ん――っ、ん――?」 「お、わりわり」 じたばたと頑張って主張をしている啓太の窮地にようやく気が付いて。 胸のうちに抱え込んでいた頭を解放してやると、啓太はぷはっと大きく息をつく。 頬が高潮しているのは、どうやら真剣に空気が足りずにいたかららしい。 「大丈夫か?」 「・・・っ、はい、俺は大丈夫ですけど・・・王様は、どうしたんですか・・・っ?」 何か急いでたみたいですけど、と。 啓太は息を整え整え首を傾げる。 すると向けられるその真っ直ぐな眼差しを同じようには見返せずに、丹羽はがしがしと自分の髪をかき混ぜながら「あー、そうなんだよ」と明後日の方向に目線を泳がせた。 「やベーな・・・条件反射で逃げちまった」 云うほど「やべーな」と感じているとも思えない様子で唸る丹羽に、なんとなく話の内容の予想が付いてしまって。 話の先を聞くのはどうにも気が進まないけれど、そのままにもしておけずに、啓太は控えめに問い掛ける。 「条件反射って、王様・・・」 「中嶋の奴が気合入った声で呼び止めるからよー。思わずっつーかなんつーか」 「・・・ほんとに仕事するつもりだったんですか?」 信じがたいと、啓太は思わず半眼になる。 改める気はなくとも、普段の己の仕事態度を理解しているらしい丹羽は、啓太のそんな反応ににかりと笑んで。 「もう3日サボっちまってるからなー。いい加減仕事がたまってんだ」 だからさっさと仕事をしろという中嶋と、だからこそ学生会室に行きたくないのだという丹羽。 中嶋の言い分はもっともだし、丹羽が丹羽である以上、丹羽の言い分もいつものことだ。 けれども3日と聞かされて、ことの重大さを理解した啓太は、くらりと顔色を白くする。 過去の経験と照らし合わせてみるに、その状態の中嶋にはそろそろ本気で恩情が期待できなくなっているはずだ。 普段から、不条理なようでいてその実、筋の通らないことを命じたりはしない中嶋だが、リミッターが外れるとその限りではではなくなる。 そのことを数度骨身にしみて実感済みの啓太にとっては、丹羽ほど簡単に開き直ることは難しい。 「まあ、もう逃げてきちまったんだからしょうがねえよ。な」 な、と慰めの言葉とともに気安く叩かれた肩と、かかかと大らかに笑っている丹羽の顔を愕然と見比べながら、いつの間にか共犯にされているらしいと自覚した啓太は、得心がいかぬままにそれでも律儀に丹羽の分まで副会長の影に怯える。 それに。 「・・・・・」 この状況で元凶に気安く「な」などと云われたら、普通であれば納得をするどころかふつふつと不条理さが沸いて・・・・・くるのが正しい気持ちの動きなのだろうけれど。 今啓太の胸のうちにむくむくと湧き上がってくるのはむしろくすぐったいような、嬉しいような気持ちなのだ。 粗野だ、粗雑だと云われている丹羽だけれど、誰彼かまわず厄介ごとに巻き込むようなタイプではないから。 啓太のことを、巻き込んでよい相手だと思ってくれているのが分かって・・・それがとても嬉しい。 「付き合せちまったな」 ぽんやりと黙り込んでそんなことを考えている啓太の様子をどう思ったのか、丹羽が少し困ったように笑う。 それも条件反射だけどな、なんて。 そんな笑い方で云われてしまえば。 気持ちのほうが勝手に喜び始めてしまって、もうどうしたって不条理なんて感じられなくて。 啓太はむくむくと湧き上がるくすぐっさたのままに笑って、丹羽の制服の袖を軽く引く。 「王様・・・」 「ん?」 「今からでも戻って作業しましょうよ」 中嶋さんきっと困ってますよ、と見上げれば。 その啓太の顔をまじまじ見下ろしたあとで、しょうがねえなあと丹羽が前髪をかき上げた。 「ま、雨じゃあ外で昼寝もできねえか」 「そんな理由なんですか?」 おかしそうに笑う啓太に、いいじゃねえかと笑みを返して。 「んじゃ、行こうぜ、啓太」 「はい、王様!」 啓太に云われちゃ逆らえねえからな、なんて。 内心丹羽が思っていることには、啓太はまったく気付かずに。 その影響力を惜しげもなく発揮する。 「啓太、やっぱお前学生会に入っちまえよ」 「それも良いですけど・・・でもそれにはまず、MVP戦に勝って学園に残らないと」 「お前のパートナーは誰だと思ってんだ?」 俺だぜ? と頭にぽんと大きな掌が乗って。 「そうですね、王様!」 啓太は頭の上に乗ったままのぬくもりの頼もしさに、くすぐったい心地で頷いた。 そのMVP戦一回戦で、丹羽の思わぬ弱点が判明し、思わぬ苦戦をすることになるのだが。 そんなことをまだ知らない二人は、賑やかに学生会室に向かって歩き出す。 MVP戦の終わりに、思いも寄らない結末が待っていることに。 ほのかな気配を感じながら―――― |