hot happening今日も今日とて大層気持ちよく気分よくひばりちゃんを熱唱した帰り道。 そのテンションを引きずって鼻歌などをそらんじながら。 風呂上りにはやっぱコーヒー牛乳だろ、と廊下の角を曲がって自販機の置いてあるエリアに差し掛かったところで丹羽は、自販機の向かいのソファに座ってほくほくと幸せそうなオーラを醸し出している下級生の姿を見つけた。 手にした紙コップからふわふわとのぼる湯気に顔を寄せてとろりと表情がとろけさせているのは、MVP戦の勝利と一緒に獲得をした、なりたてほやほやの丹羽の恋人、1年の伊藤啓太である。 「美味そうなもん飲んでんじゃねえか」 声を掛けながら歩み寄ると、啓太は息を吹きかけていたコップから顔を上げる。 そうしてきょとんと向けられた大きな青い瞳が丹羽を認識した途端、その表情をぱっと嬉しそうに輝かせた。 「あ、王様! ココアですよ、飲みますか?」 まるで懐こい仔犬が不意に主人の姿を見つけたような反応。 その微笑ましさに、思わず丹羽も笑んでしまう。 「いや、俺はいいよ。嫌いじゃねえけど、そんなに量飲めるもんでもねえし」 「今、美味そうって云ったじゃないですか」 云って、おかしそうに笑う啓太が可愛いので、一度は断った後ながら丹羽は右手を差し出した。 ココアが飲みたかったわけではないが、啓太が飲んでいるものを飲みたくなったのだ。 「あー、んじゃ一口だけな」 啓太は嬉しそうにこくりと頷いて、湯気の立つ紙コップを差し出す。 サンキュ、と受け取ったコップを早速傾けて飲んでみると、飲み慣れないそれは甘さ控えめで意外と美味い。 自分ではまずあり得ない選択肢だが、たまにはココアもいいかもな。けどココアなんて飲むのはいつぶりだ? なんて考えていると。 視線を感じて、丹羽はコップに口をつけたまま目線を啓太に向ける。 すると案の定、丹羽の顔をじーっと伺っている啓太と目が合った。 物云いたげなその眼差しに、ん? と問うように首をかしげながらもう一口ココアをすする。 と。 「いえ、あの・・・」 ふいと眼差しをそらした啓太の頬が、ふわりと赤く上気する。 唇に、指先に、桜色に染まったその首筋から頬にかけての肌の柔らかさを思い出して。 飲み込みかけたココアが喉許辺りで止まった。 そんな状態でいるタイミングで。 「か・・・間接、キスだなって」 そんな台詞を小さく、恥ずかしそうに口ごもりながら呟かれたものだから。 当然のごとく。 「・・・・っ、・・っ!」 BL学園のキングのプライドにかけて、最初の大波だけはどうにか堪えた。 けれども次いで込み上げる第2波に。 身悶えつつ横を向いた丹羽は、自販機の脇に運良く見つけたゴミ箱に向かって。 ―――――っ!!! げっほ、げほがほっ! 思い切り咳き込むはめに陥った。 「わわわっ、わっ、わーっ! すみません王様っ、大丈夫ですかっ?」 飛び上がって丹羽の側に駆け寄った啓太は、咳き込んでいる大きな背中をとんとんと叩く。 目を丸くしておろおろと慌てる啓太からは、丹羽をうろたえさせた一瞬の艶はもはやかけらも感じられない。 この落差が反則なんだよ・・・。 スイッチのオンオフはおそらくは本人にとっても無意識なのだろうから、突っ込むわけにもいかずに。 不条理さに打ちひしがれながらもどうにか人心地ついた丹羽は、ぐったりと顔に縦線を刻んで恨めしげに唸る。 「だから・・・お前はなんでそう、思ったことをすぐ、口に・・・っ」 「すみません、王様・・・」 「・・・いや、お前が悪い訳じゃねーんだけどよ」 「でも・・・」 直接のキスどころかもっとずっとすごいことだってしてしまっているというのに。 今さら間接キスでテレる啓太も啓太だが、テレながらそれを告げる啓太にあっけなく動揺させられる丹羽も丹羽なのだ。 どちらが悪いと云うような話でもない。 二人揃って手管も経験も足りていないから、色っぽい展開に発展しないばかりか、上手く収拾が付かないだけの話で。 けれどもどちらかといえば丹羽は本能で察している。 曰く、「誰もムカついてないんだからいいじゃねえか」と。 ムカつくどころか、お互いになんだかひどく甘ったるくて心地よい胸苦しさなわけで・・・。 「あー・・・・・いや、いいからもう。な?」 「はい」 はいと頷いてみせる啓太だけれど。 それでもやっぱり不用意にそんなことを云った自分が悪いのではと顔に大きく書いてある。 しゅんとうなだれた小さな肩は、どうにも誤魔化しようがなくて。 「なんだー? いいのは返事だけかよ」 しょうがねえなあ、と笑んだ丹羽は。 啓太のおとがいに指をかけて、その指をついと軽く引き上げて、俯いている顔を仰のかせた。 「ほら、こっち向け啓太」 「・・・・・」 促す声にそろりと向けられた眼差しと、申し訳なさそうに寄ってしまっている眉根が可愛くて、思わず口許が和んだ。 「王様・・・?」 不意に渡されたその笑みの意味を問うように小さく首を傾げる啓太に、もうひとつにかりと笑んでみせてから。 丹羽はおもむろに顔を上げる。 右よし。 左よし。 左右に続く廊下に、人気がないことを確かめて。 ぐいと小さな肩を引いた。 そうして驚いてたたらを踏む啓太の唇に・・・。 「・・・っ・・」 なだめるようなキスをひとつ。 ついばんだ唇は、甘いココアの味がする。 唐突のことに目を閉じる間もなくて、近い距離でぱちくりと目を丸くして丹羽を見返している無防備な啓太の顔に、ぷっと思わず吹き出すと。 つられるように啓太もふにゃり表情を笑みに崩れさせる。 「もう、王様は・・・」 赤いままの耳許や目許は大層魅力的で。 誘われるままに丹羽は、その温かな肌に鼻先を埋める。 「・・王、様・・・・っ?」 吐息と硬い髪が柔らかな肌をくすぐるのに、啓太は慌てて身を捩るけれども。 勿論逃がさずに、丹羽の腕がその腰をやんわりと抱いた。 「煽った責任は取ってもらうぜ」 「お、俺・・・煽ってなんて・・・」 云いながら、困ったように向けられる上目遣いに。 さらにぐらりと理性がかしぐ。 「だから・・・お前は煽ってなくても、俺は煽られてんだよ」 「――――――っ」 近い距離にある眼差しが甘くて。 そんな勝手なという抗議は、言葉にはならずに。 手を引かれて向かう先。 待っているのは、コップに半分残ったココアよりも。 ずっとずっと甘い時間・・・。 |