そわそわ





 肌の表面がちくちくするような、いてもたってもいられない、そんな気持ち。

 音楽を流しても耳に入らない。ベッドに腰を下ろしても、すぐに立ち上がる。
 意味もなく、広くもない部屋の中をうろうろする。

 こんな光景どっかで見たな。
 あ、動物園の檻ん中のライオンだ。

 ・・・―――――――。

 丹羽はその結論に達すると、眉間にシワを寄せて立ち止まった。
 落ち着かない事を「そわそわする」なんて言うけれど、今の自分はまさにそんな感じだ。

 そわそわそわそわ。

 風が葉をそっと揺らすように、音もなく、けれどもそれは確実に止まらない。



 こんな落ち着かない気分は久しぶりだ。遠足前日の子供かっつーの。

 だけど俺はもう子供じゃねえから、待ちつかれて眠ったりしない。次の日熱を出したりもしない。
 ・・・でも扉を開けて、廊下を確認したりはする。
 寮の消灯時間はもう過ぎてるから、人気の無い廊下は薄暗い。どこか遠く、テレビの音や寮生の笑い声が漏れ聴こえたりはするけれども。


 Xデーが近づくにつれて、一秒が長くて仕方ない。


 そもそも絶対、あいつが悪い。

 『王様の誕生日まであと一週間ですね』なんつって、このところ毎日毎日カウントダウンなんかするから。


 『王様の誕生日には、俺が絶対一番最初におめでとう、っていいますよ』


 ホントなんだろうな。あんだけ毎日言ってたんだから、ホントだろうな。
 忘れて、ねえだろうな。

 ・・・だったらなんで今日はなんも言わねえんだ、あいつ。

 いやいやいやいやいや、それじゃまるで期待してるみてえじゃねえか!
 いやいやいやいやいや、そんなこと言ったら、あいつを信じてねえみてえじゃねえか?


「・・・っつーか、そもそも一人で何やってんだ、俺・・・」

 どっと疲れを感じた丹羽は、思いっきりベッドにダイブした。
 と、その拍子に。

「―――痛てっ!」

 無防備なデコに硬いものが当たった。怒りに任せて掴み寄せたそれは、携帯電話。
 途端、丹羽の心に迷いがうずまく。

 ・・・まさかひょっとしたら、電話か―――?こっちからくんのか?!

 がばと起きあがって手中の携帯をまじまじと見つめようとした、その矢先に。

 明るいノック音が響いた。

「があ!」

 びくりとした丹羽が扉を仰ぎ見る。と、手の中の携帯がブルブルと震え出した。

「へ?!」

 あっちも、こっちも?

「ど・・・どっちが啓太だ・・・?」

 ごくり、と唾を飲み込んで、丹羽は瞬間真っ白になった。
 待てよ、俺。

「・・・両方取ればいいんじゃねえか」


 ちょっと冷静になれば、解ることだった。



 携帯の通話ボタンを押しながら、部屋のドアに手をかける。目の前にいたのは―――。

「けい―――」
「おうさ・・・」

 はじけるような笑顔で愛しい啓太が飛び込んで来ようとした、瞬間。

『ちょっと、哲也?!』

 受話器から溢れこぼれる大音声に、丹羽も啓太も動きが止まった。

「・・・おふくろ?」
『そうよう。んもう薄情ねえ、あんたったら夏休みなのに帰っても来ないで―――』

 間違いない。このテンションの高さは、紛れもなく自分の母親だ。

「あの、悪ぃんだけどちょっと俺、今・・・」
『そうそう、哲也ぁ、おたん―――』

 母親の一方的な会話に気が削がれそうになった時。

 ぶら下がるように飛びついた啓太に、唇を塞がれた。

「――――――――――――――?!」

 がこん。

『じょうびおめでとぉ〜〜〜〜〜〜〜!全く、自分の子供ながら育つのは早いわね〜、もしもーし?ちょっと、聴いてんの?哲也??』
「がはぼごぐげっほがほ」
『あら、どうしたの、大丈夫?』
「がふ・・・さんきゅ、おふくろ。悪いけどまた明日」
『ちょっと、てつ―――』

 主電源ごと無理矢理通話を切ってどこかへうっちゃった丹羽は、自分の上の啓太を見上げた。
 啓太は気の毒なくらい蒼白な顔でおろおろしている。

「お、王様、大丈夫ですか?」
「んー、なんとか」
「す、すみません、俺っ・・・」
「文字通り衝撃的な誕生日だなー」
「俺も、こんなことするつもりじゃ・・・」
「なーんか、ぜーんぶ吹っ飛んじまった感じ」
「え・・・?」
「いやいやいや、こっちの話」

 誕生日そうそうひっくり返ってるなんて、数分前の自分には想像もつかなかったことだ。
 なんだか得体の知れない妙な笑いが込み上げてきて、丹羽は声を上げて笑い出す。

「・・・王様?」

 心配そうに覗き込む啓太の髪を、丹羽はがしがしと撫でた。

「ありがとな」
「王様・・・」
「最初に聴こえたぜ、啓太の声が」

 開きっぱなしのドアを、足を伸ばして閉める。
 ごつい指を伸ばして、啓太の唇をなぞる。
「プレゼントも確かに受け取ったからな」

 遠足前日の、子供のような気分。
 ドキドキして眠れないのは、これからかもしれない。



 蒼白だった啓太は、一転して真っ赤になった。





王様のお誕生日をお祝いしたくて、突発に書きました。
ので追々こっそり修正が入るかもしれませんが・・・(笑)。
取り急ぎ(でいいのか?)王様、お誕生日おめでとうございます!