TRAIN TR∀IN視界を染める夕焼けの色に似たオレンジ色の電車がホームへ流れ込んできたのを見た瞬間、啓太は思わず息を飲んだ。 それもそのはず、電車の中は既に人でいっぱい。そういえば、隣の駅は世界に名だたるアミューズメントパークだった。 今からこれに乗らなくてはいけないのかと思うと、今日一日潮風にさらされた体が少し重くなったように感じる。 「・・・バイクで来りゃよかったなー・・・」 同じことを感じたのか、隣で丹羽がぽつりとぼやく。啓太はただただ苦笑するしかなかった。 朝から天気がべらぼうに良かった休日の今日。 丹羽の「良い天気だからどっか行こうぜ」の言葉に行く先も決めず、二人でぶらりと外へ出た。 なんとなく駅に向かって、当てもなく電車にのって、そのままとことこ揺られて。 海っぷちに出た途端突如目の前に現れた大観覧車につられて、海浜公園前で電車を降りたのがお昼頃。 潮風に揺られながらぷらぷらと歩いて、昨日見たテレビの話をして。 コンビニ弁当食べて、クラスで流行ってるお笑いのネタを披露しあって、芝生の上でごろごろして。 見たことのない缶ジュースを買って、二人で回し飲みして。 広場でサッカーの試合をしていた子供たちに飛び入り参加したら、丹羽は案の定あっという間に子供たちのスターになった。 啓太までもが、子供たちのキラキラとした羨望と尊敬の眼差しを受けたりして。 じゃあね、って言ってもなかなか放してもらえなかったもんな。 啓太はそのときの光景と今日の暖かかった日差しとを思い出して目を細めた。 丹羽は学園でいつもこういう視線をうけているのだから、改めてそのすごさを感じる。 だから王様は、王様なんだ。 そう思いながら何度目かのシュートを決めた丹羽を見ていたら、その視線に気付いた丹羽が、得意気に親指を立てて笑った。 好きな人と一緒に、ただただ幸せな気持ちだけで満たされていた一日。 でもそれも太陽の動きと共に減ってゆく色彩と増してゆく肌寒さに、過ぎ去ろうとする足音を感じ始めて。 一つずつ口数も減って、ついには黙って。 波が打ち寄せる遊歩道を、寄り添いながら影を踏みしめるようにゆっくりと歩く。 時間だけが過ぎてゆくもどかしさに、焦りさえ感じた。 空がオレンジ色に染まり始めたころ。 そろそろ帰るか、と言った丹羽に、啓太はただ、はい、と答えることしかできなかった。 こんなに暖かそうな色をしているのに、夏の太陽ならばまだ、猶予をくれるだろうに。 そんな恨み言を、心の中で呟きながら。 軋んだ音を立てて、電車がゆっくりと止まる。頬に触れる風には、もう昼間の暖かさはない。 まだ夢の国から脱し切れていない一群の中へと、二人は足を踏み入れた。 ただでさえ混みあった車内に、さらに男が二人―――そのうち一人はあからさまにデカいのが乗ってくれば、不快指数は自ずと高まる。 実際、ドア付近に立っていた女の子たちの一群は露骨に不満げな視線を向けてきた。 ところが丹羽の姿をみとめるや否や、一転してその視線は品定めをするようなそれに変わる。 こういう女の子の顔を見るのは初めてじゃないけど―――。 俗に言う、「色めき立つ」という状態。 それを目の当たりにした啓太は苦笑した。丹羽へ飛んでくる視線のおこぼれが自分にまでちらちらと届くのを感じる。 居心地の悪さを感じてちらりと丹羽を盗み見ると、丹羽はまるで自分には無関係のことであるかのように、ただただ閉まろうとするドアを眺めていた。 遠くで発車を知らせる笛が鳴る。 「―――啓太、もうちっとこっちに来い」 ドアが閉まる瞬間、短い言葉に手を強く引かれ、啓太は思わず息を飲んだ。 混みあう車内よりも、不躾な女の子たちの視線よりも気になってしまう、鼻先に触れそうな丹羽の胸元。 呆れるほど動揺している自分に、啓太は赤面する。そんなことを気にしている場合じゃないのに。 閉まるドアに電車が動き出すと、色めき立っていた女の子たちもやがて今日の楽しかった話へと戻っていった。 「クリスマスか・・・」 「え?」 ぽつりと呟いた丹羽が、わずかな視線と顎で何かを指し示す。どうやら車内を埋め尽くす人たちが持つアミューズメントパークの袋を指しているらしい。 「まだ随分先なのに、気が早いな」 「そう、ですね」 そのまま黙ってしまった丹羽は、動く景色を見るとはなしに無表情で眺めている。それはなんだか怒っているようにも見えて。 王様、疲れてるのかな。 それともこの状況のせいだろうか。啓太が取り留めもなくぼんやりと丹羽の顔を眺めながらそう考えていると、電車ががたん、と音を立てて大きく傾いだ。 まるでアトラクションの続きかのように、車内では楽しそうな悲鳴や笑い声が上がる。 たまたま丹羽とドアの間に挟まれていた啓太はその揺れから逃れることができたけれど―――。 気がついてしまった。 電車に乗ったときから今まで、丹羽に右手を獲られたままだということに。 気付いた途端、丹羽に触れられた場所はまるでそこにも心臓があるかのように脈を打つ。 感じるのは、ただ熱さだけ。 電車の揺れも、車内の騒ぎも、啓太にはもうどうでも良かった。 再び電車が逆方向へ大きくカーブを切って、車内が再び歓声を上げる。 動じることの無い繋がれた手は、自分のことを心配してくれているのだろうか。 「あ、あの・・・」 騒がしい車内では、啓太の声はすぐにかき消されてしまう。丹羽にも聴こえていないようで、相変わらず視線は遠く、窓の外だ。 俺、大丈夫ですよ。そう言えば、その声が届けば、きっと何の事を言ってるかがわかるはず。 「おうさま、―――――」 啓太が少し声を上げた瞬間。 繋がれた手を、ぎうと強く握り直された。 有無をも言わさぬ強さ。 その痛みよりも衝撃に驚いて丹羽をみると、遠くを見るそれは、至極物憂げで苦しそうで。 抱きしめられるよりも強く、啓太の胸の奥がちりりと痛む。 丹羽の顔をじっとみつめていると、ふとこちらを向いた瞳が困ったように、微かに笑った。 意思を持って繋がれた手が伝えるもの、それは。 きつく握られた衝撃と強さに慣れてきた手から、じんわりと伝わる想いに啓太は気付く。 丹羽もまた、啓太と同じように気持ちを持て余していたことに。 それでも帰ろうと言い出してくれた丹羽に、啓太は不器用な優しさを感じた。 俺、やっぱりこの人が好きだ。 今日一日、何度も何度もそう思った。今もまた、同じことを思う。次にそう思うのは、10秒後?3分後?それとも1時間後だろうか。 再び満ちる幸せな気持ちに、啓太は思わず微笑んだ。 必ず訪れる、この気持ちを分けてあげたい人は、ただ一人。 「―――たまには、電車もいいですね」 少しだけ近づいて、こっそりと告げる。丹羽は驚いたように啓太を見つめるとしばし黙り込み―――照れくさそうに、そうだな、と、小さく呟いた。 夕暮れの中を、たくさんの幸せとちょっとの寂しさを詰めたオレンジ色の電車がとことこ走ってゆく。 少しずつ小さくなってゆく観覧車を見つめながら、二人はそっとお互いの指を絡めた。 |