ろごす部屋のベッドに寝転がって窓から見上げた空は、夏の強い日差しに割り込んだ白い大きな入道雲が幅を利かせていた。関取のようにどん、と構えて、じっと動かないそれは、見ているだけでこちらもじわりと汗をかきそうだ。 実際、そんな空気がさっきからこの部屋にも流れていた。 「オウサマ」 呼びかけられる声に室内へ視線を戻す。コントラストに、目の前がちかちかした。ぎゅっと瞳を閉じて片手で押さえると、入道雲の残像が再び丹羽の脳裏に浮かび上がる。 「ちゃんと考えてくれてますか?」 少し呆れたような、怒ったような、自分を見下ろす啓太の声。 「あ?・・・だから、特にねえって」 慣れてきた目に啓太の姿がじんわりと現れる前に、再び丹羽は窓の外へと視線を向ける。 さっきから、この問答を何度繰り返しているのだろう。啓太は溜息をつきたい衝動をぐっと堪える。もはや回数など問題ではなかった。丹羽の態度には何かが足りてない。 それは誠意。うそいつわりのないまごころ・・・! 「俺、本当に困ってるんです!」 ついに、大きな声が出てしまった。自分の声に、ががっと頭に血が上る。 「せっかく誕生日プレゼントをあげるなら、王様が好きなものとか、気に入ってもらえるものをあげたいじゃないですか。最近はずっとずーっとそのことばっかり考えてて」 堰を切ったような啓太の勢いに、丹羽がきょとん、とした顔を向けた。 それがあんまりにすっとぼけた顔だったものだから。 啓太のテンションはぐぐんと下がってしまった。さらに下がって、悲しくさえなってくる。 「・・・俺が勝手に思ってることだし、王様には大したことじゃないのかもしれないですけど。俺だけこんなに考えて焦って、馬鹿みたいって思うのかもしれないですけど」 だんだん情けない言い訳じみた声になってきて、啓太はますます惨めになった。 気が付いたら膝を握りしめていた。ふと、履いているジーンズのオレンジ色の縫い目がやたらと気になった。 「―――悪かった」 静かな室内にぽつり聞こえた、聞き間違えたかと思うほど低く、深刻な声音。自分の一方的な言葉に丹羽がどんな顔をしているのかわからなくて、知りたくて、ちょっと怖くて、啓太はそろりと視線を上げてみる。 と。 「・・・なんで笑ってんですか」 脱力した啓太には、その言葉しか出てこなかった。そう、丹羽は笑っていた。それもそのまま切り取って生徒手帳に入れておきたいくらいの超・笑顔。 無駄に良い笑顔の、その意味が啓太にはわからない。なんだか無性にむかついて丹羽をグーで叩いたら、その超・笑顔にもれなく音声がMAXでついてきた・・・。 「わりー、わりー」 啓太がついに黙り込んだので、丹羽は慌てて謝ってみた。啓太がじろりと自分を見る。そんな顔が可愛い、なんて言ったら、間違いなく火に油を注ぐことになるだろう。 言わなきゃ伝わらない。言っても伝わらない。言葉はひどくやっかいだ。自分のように、言葉より先に態度に現れてしまう人間には、特に。 「そう拗ねるなって」 「拗ねてません」 啓太の天の邪鬼が顔を出したらいよいよホンモノだ。丹羽は笑いを引っ込めて、半身を起こす。 「最初に聞かれたとき、結構真剣に考えてみたんだぜ。俺、なんか欲しいモンあったかなーって」 啓太のふくれっ面が、ちょっとしぼんだ。 「でもそれよりも、啓太が俺のこと考えててくれてたのがすげえ嬉しくて、例えばこのまま欲しいモンを言わなかったら、どうなるかなって思ってさ」 さらにしぼんで、啓太は困った顔になった。それに構わず丹羽は人差し指で啓太の胸元をつん、とつつく。 「さっき、言ってただろ。ここんとこずっと、俺へのプレゼントを考えてる、って―――俺は啓太に俺のこと考えて欲しくて、わざと引き延ばしてた。―――そういうことなんだよ」 澄ましてさらりと言ったつもりだったけれど、タネを明かしてみたら予想以上に恥ずかしくなった丹羽は頭を掻いた。啓太はまじまじと自分を見つめている。拗ねているわけでも、困っているわけでもなく、ただ、まじまじと。 「なんで・・・そんなこと言うんですか?」 「・・・へ?」 「俺、王様のことばっかり考えてるのに。ずっとずっと、王様のこと」 啓太は心の底から不思議そうに言った。それはそれは、不思議そうに。 「これ以上たくさんなんて無理なくらい、王様のことばっかり考えてるんですよ・・・?」 「ぐ・・・」 心臓が、いきなり倍に膨れた気がして、丹羽は呻いた。いろいろな感情が入り交じって、どれを取り出したら良いのか解らなかった。ぐうの音も出ない。まさにそんな感じだ。背中に、太陽の熱をやけにじりじりと感じた。 「・・・・・・なんか俺、すげえ恥ずかしくなってきた」 「王様?」 「ガキみてえだな。お前を、試すようなことしてさ・・・悪かった、ホントに」 言葉に出すと、余計に恥ずかしさがつのる。居場所を求めるように、丹羽は視線を泳がせた。これが『王様』の姿で良いんだろうかと、啓太は思う。でも『王様』らしい、とも思う。そして。 「それは、『恥ずかしい』んじゃなくて『嬉しい』んですよ、王様」 居場所はここでしょ、というように、啓太は丹羽へキスをした。丹羽は為すすべもなく無防備にただぼんやりとしている。 「俺だって本当は、王様が俺からのプレゼントを持ってるところが見たいだけなんです。どうしてわかってくれないかなあ」 「・・・んなの言われなきゃわかんねーよ」 「あれ、逆ギレですか?」 「いんや、本心です。俺みたいに気の回らねえ男は、人より感度が鈍いのよ」 つい、と近づき、丹羽の両腕が背中を抱いて、啓太は丹羽の首もとに手を回した。こうやってあらゆることが自然となっていても、伝わらないことはあるのだ。 「でも王様は鈍いところが良いんですよね」 「・・・ってそれ、全然誉めてねえし」 「まだまだ俺も気が抜けないってことですよ」 だから、これからも一歩ずつ。 「ということで誕生日プレゼント、絶対に決めてもらいますからね」 「今から?」 そんなつもりのない丹羽が訊ねると、そんなつもりのない啓太も黙って首を振る。 これは間違いなく伝わる言葉。 愛おしそうに見つめ合った二人は、そっと唇を重ねる。 夏の太陽が、より強く煌めいた―――――。 |