mountain mountainぱちりと瞼を開けた視界に。 するすると、慣れた様子で手首を一括りに結んでいくネクタイの動きが映っている。 あれれなにが起こっているのだろう、と。 まだぽんやりと寝ぼけながらもよくよく見てみればその縛られている手首は、どうやら啓太の左右の手首らしい。 「・・・ぇ・・?」 一日の始まりである爽やかな朝の目覚めには、不似合いどころかありえないようにすら思える光景に。 当たり前の如く、啓太の起き抜けの思考回路はぴたりと動作を止めてしまう。 「ああ、起きたのか? 啓太」 「・・・っ、な、かじ・・・っ?!」 まさん。 と名前すら満足に呼べなくらい動揺して。 目を丸くする啓太を、眼鏡越しの眼差しが愉しそうに見下ろしている。 「っ、ちょ・・・・やめて、くださいっ」 「断る。楽しいのはこれからだろう?」 「た、楽しくっ、ないです・・・全然っ」 必死に抗う啓太の動きを、まとめた手首をその頭上でシーツに縫い止めることで、易々と片手で封じてしまいながら。 もう片方の大きな手のひらが、器用な指先が。 皮膚の薄い敏感なところばかりを、触れるか触れないかの動きで辿っていく。 「・・・っ、ん・・・・・ゃ・・・っ」 戯れのような曖昧な愛撫に、啓太の息が徐々に乱れ始めて。 「も・・・・ゃ、です・・・っ、なか・・・っ」 甘い懇願の声がたまらないように名前を呼んで。 白い喉を晒してひくんと身を捩った・・・そのとき。 部屋の奥のシャワー室の扉がかたりと音を立てて、人の気配が静かに部屋へと入ってきた。 濡れた前髪を手櫛でかき上げながらベッドに歩み寄るその人物は、そこで繰り広げられている勝敗明らかな攻防に、露骨に不穏な表情になる。 「・・・なにをしているんですかあなたは」 「見て分からないか?」 「云い方を変えましょう。なにを考えてそんなことをしているんですかあなたは」 「そこに山があるからさとでも云っておこうか」 Q.あなたはなぜ山に登るんですか? A.そこに山があるからさ。 つまり。 Q.あなたはなぜ啓太くんを縛るんですか? A.そこに啓太がいるからさ。 ・・・啓太にとっては迷惑極まりない話である。 「まったく、とんでもない人ですね本当に・・・」 まあ元々知ってはいましたけれどと云いながらベッドの端に腰を下ろした七条は、息を乱して縋るような視線を向けてくる啓太を、労わるような眼差しで見下ろした。 伸ばした長い指先で、優しく前髪を梳き上げる。 「可哀想に・・・」 「七条さ・・・っ、助けて、くださ・・・ぃ、っ」 「お願いする相手が違うだろう啓太。俺に云え、そういうことは」 しつけ直すぞと脅されて、またじわりと啓太の目に涙が滲む。 「ああ、泣かないでください啓太くん。もう大丈夫ですから」 優しい声でそう告げる七条に助けてもらえるものと、小さく頷いた啓太は安堵にくたりと躰を弛緩させるけれど。 七条が何気なく口にしたのは啓太の苗字ではなくて、名前のほう。 「・・・っ?! ゃ・・・ぁ、っ・・・・・あっ!」 案の定、半ば反応をしてふるえている啓太の熱は。 その乾いた大きな手のひらの中に、するりと包み込まれてしまう。 「ゃ・・・ちょ、・・し、ち・・・、っ」 目を瞠って、逃れるように身を捩ろうとする啓太だけれど。 あまりにも動きを制限されすぎていてそれもままならない。 「大丈夫ですよ、助けてあげますから」 「っ・・・ぇ、だって・・・・そ・・っ」 「このままではつらいでしょう?」 だから、ね、と。 穏やかに優しく、あまりにもいつも通りに微笑まれて。 「〜〜〜っ!」 当然のことながら、啓太は絶句する。 七条の手のひらはやんわりと熱を煽り続けているし、中嶋の器用そうな指先はなにかのついでのように啓太の胸の突起を弄り続けているけれど。 ちっともだいじょばないことに、今日は平日で、今は朝なのだ。 普通にどう考えたって学校がある。 往生際悪く身を捩って抗いながら、啓太は弾む息の合間にどうにか言葉をつむぐ。 「で、でもあのっ、今日は・・・っ、学校、が・・・っ」 にっこり。 え・・・。 云いかけた言葉に対して返ってきた、不穏なまでに爽やかな七条の笑みに、啓太は思わず言葉を止める。 そして、不穏と感じた啓太の予感は不幸なことに正しかった。 「届けは提出してありますから」 「―――――っ!?」 いいいいいいいいいいいいつの間に! と声も出せずに目を剥いたのは啓太だが、七条はその台詞を啓太に向かってではなくてもう一人の相手・・・つまり中嶋を見ながら云っている。 しかも通常ではありえない程のいい笑顔で。 「勿論、僕と伊藤くんの分は、ですけれど」 「ほう・・・」 部屋の温度が、少なく見積もっても3度は下がった。 寒気を覚えて目線を泳がせる啓太に、七条がゆっくりと覆いかぶさっていく。 「啓太くん・・・」 「・・・ぁ、待・・・・っ、・・」 混乱の極みに陥る啓太だが、次の瞬間、ベッドがぎしりと音を立てて。 もうひとつの重みが加わって。 その混乱に、拍車をかける。 「おや、中嶋さんもお休みですか?」 「俺は普段は優等生だからな。あとで担任にメールを入れておけば片が付く」 「メールな上に事後承諾ですか・・・その物分りのいい担任の先生とは、いったいどういったご関係なのでしょうね」 呟く七条に、中嶋はフンと鼻で笑って。 「俺は優等生だと云っただろう」 「ええ、普段は、ね」 やれやれ、と七条は肩を竦めた。 啓太にとってはやれやれどころの騒ぎではないが、そんな主張をしてみたところで聴いてくれそうな相手は、少なくともこの部屋の中には一人もいない。 独り寝にはじゅうぶんに広々としたベッド。 しかしそこに3人が同時に乗るとなれば。 そのうえそのうちの2人は大層がたいがよいとくれば。 当然のごとく、狭苦しいことこの上ない。 「・・っ、ぁ・・・・待っ・・・・・」 その小さな領土を奪い合って。 鬼畜と悪魔の熾烈な縄張り争いが。 「・・・そんな、いきな、り・・・・ぁ・・っ!」 始まった(暗転) |