訳ありのキス捕食中っ?! そうでなければ吸血中かと。 学生会室の扉をくぐって部屋の中に1歩入ったところで、啓太は目を丸くして固まった。 いつもの席でパソコンと向き合って、けれども作業の手を止めている中嶋と、その脇に立って屈み込むような姿勢の七条。 そんな近い位置に二人がいるというだけでも珍しいのに。 そのうえ何故か七条が、中嶋の首筋に顔を埋めている・・・ように見える。 「・・・・・っ」 あり得ない光景に遭遇してしまって、逃げたほうがいいのか祈ったほうがいいのか死んだふりでもしたほうがいいのかどうしようかと、啓太は半ば錯乱して、くるくると思考を空回りさせながら石化した。 え、ええと・・・どうして、こんなことになってるんだっけ・・・。 土曜日の今日。 昼ご飯を食べていた食堂から、午後は仕事を手伝えと云われて中嶋に拉致られたのは2時間ほど前の話。 啓太が付いてくることを微塵も疑っていない背中について、学生会室に辿り着いて。 「まずはこれを各部の部長に届けて来い」 と、差し出された書類を受け取るために、中嶋の席に近づくと。 伸ばされた腕にするりと腰を絡め取られて、なにが起こっているのか分からずにあれれと呆けているうちに、長く器用な指先にするすると悪戯を仕掛けられて。 なけなしの抵抗を封じられて、少しだけ泣かされて啼かされた啓太は、その指先がズボンのベルトに掛かろうかという辺りで、どこをどうしたのかとりあえずどうにかその腕を逃れて、書類を手にして部屋を飛び出した。 扉をくぐるとき、背後からくつくつと笑い声が聞こえてきたから、初めからちょっと弄って解放してくれるつもりだったのだろうけれど。 そもそも中嶋が、啓太に逃げられるような隙を見せてくれるとは思えない。 そうして、指示された運動部を数箇所回って、書類を渡して戻ってきたら・・・この状態だ。 気配に敏感な二人のことだから、啓太が戻ったことにも当然気付いているはずなのに。 すっかり固まってしまった啓太が、一通りの回想を終えて現実に返ってくる頃になってようやく。 「・・・啓太か」 「ああ、伊藤くん」 常と変わらない中嶋の眼差しが、入り口で立ち止まったままの啓太を捕らえた。 同時に、ゆっくりと身体を起こして中嶋の首筋から顔を上げた七条が、「こんにちは」と啓太に優しい笑みを向ける。 呼吸を合わせるみたいな二人の動きは、甘ったるさがない分、なんだかとても自然に見えてしまって。 なにかというと仲が悪いだ険悪だと取り沙汰される二人だけれど、根っこの部分の感覚はとても近いように見える。 尤もそんなことを当人たちの前で口に出して云おうものなら、想像するのも恐ろしい事態を招くことになるだろうけれど。 今こうして同じ部屋にいても、啓太には見えなくて、二人には見えているのだろうものがきっとたくさんあって。 あえて共有はしなくても、同じものを感じ取っていそうな雰囲気がある。 近い感覚。 近い距離。 今だって、どういう意図か啓太には分からないけれど。 中嶋の肩口・・・首筋に近い辺りに顔を埋めた七条がキスを・・・。 キスを――――・・・・・。 「・・・・っ・・」 そう認識した途端、ゆわりと胸のうちで気持ちが揺れて。 戸惑う風に目許をしかめた啓太は、制服のブレザーの胸の辺りをぎゅっと握り締めた。 ざわざわと落ち着かない気持ちが胸の中で湧き上がって渦巻く。 3人でどうこうなんて。 それも男同士であれこれなんて。 おかしいと思うし、受け入れているつもりなんてないのに。 こうして今感じているのは疎外感。 どこにどんな風に向かっている気持ちなのか、複雑すぎて啓太には説明できそうもないけれど、これは。 ヤキモチ・・・? すとんと、胸のうちに落ちた言葉に。 啓太は惑うように、きゅっと眉根を寄せた。 「どうしましたか?」 複雑な想いを持て余して途方に暮れている啓太のその様子にくすりと笑んで、差し伸べられた七条の手。 おずおずと歩み寄ってその手を取ると、絡めて引かれた指先に、ちゅっと小さなキスを落とされる。 触れた優しいぬくもりに、とくんと胸のうちが温かくなるけれど。 まるで安堵したかのようなその気持ちの動きに、頭がついていかなくて。 ますます困惑が深まって泣きそうな顔をする啓太を、見つめる七条の眼差しが、笑みの形に細くなる。 「大丈夫ですよ。君が不安に思わなければならないことは、なにもありません」 絡めたままの指先を優しい力で引いて。 「僕が触れたいと思うのは君だけです。こんな極悪人に心惹かれるなんて、あり得ない」 啓太の困惑の理由なんてきっとすべて分かってしまっている七条は。 やんわりとその細い腰を抱き寄せながら、艶を帯びたアメジストで啓太の顔を覗き込む。 そうして。 「それに・・・」 それまでの啓太に向けていた甘やかすような瞳の色をがらりと変えて。 傍らでパソコンに向かいながら淡々と仕事を進めている中嶋のほうに目線を向けた。 「それに、僕がキスをしていたのはこの人にではありませんし」 分かりやすく口調まで氷点下に落ちた七条の態度に、キーボードを打つ手を止めた中嶋が、フンと鼻で笑って応じる。 「自分からしておいて随分な云いようだな。犬の相手なんぞこちらからお断りだ」 「当たり前でしょう。あなたに口づけるなんて、頼まれたってごめんですよ」 「誰が頼むか」 それにお前のキスなんぞ虫に刺されたようなものだ、と。 すげなく云ってのける中嶋と、限りなく低温を保って中嶋を見返す七条。 好き放題云い合う二人が本当のところは仲が良いのか悪いのか・・・啓太にはやっぱり分からない。 二人を交互に見比べて眉間の悩みじわを深くする啓太に。 「でも、ほら・・・」 七条の指先が指し示す先は、中嶋の首筋。 そこには浅い噛み痕がある。 さっき七条さんがつけたのかなと、心許ないような気持ちでその噛み痕をぼんやり眺めていると・・・ふいに。 「・・・・ぁ・・」 思い、出した。 七条じゃない。 噛み付いたのは啓太だ。 さっき書類を受け取るために中嶋の席に近づいて、捉まって悪戯をされたときに。 泣かされた意趣返しというつもりではなかったけれど、とっさに思わず噛み付いて痕をつけた。 啓太の思わぬ反撃が意外だったのか、僅かに拘束が緩んだ隙に逃げ出して・・・。 「思い出しましたか?」 噛み痕から視線を外せないまま、こくんと小さく頷く啓太に。 「君の印を取り返したんです」 悪びれずフフフと笑って。 どこか得意げに、七条が告げる。 「まったく、身体を張った嫌がらせだな」 云うほど不快そうではなく、さりとて愉快そうでもなく。 けれどもどこか面白がる風に云って、中嶋はシルバーメタリックのフレームの端を、人差し指の背で押し上げた。 「僕がこの人にキスをするなんて・・・」 本当にそんな風に思ったんですか? と七条は啓太の頬を手のひらに包み込む。 啓太は無意識のように、そのぬくもりに頬を預けるように、小さく首を傾げた。 「僕は君だけのものなのに」 その懐くような仕草に、目許を愛しげに和ませて。 そうでしょう? と、囁いた笑みの形の唇が、啓太の目許に、唇に、軽いキスを落とす。 優しい感触。 躰の力が抜けていくのは、こんなにもほっとするのは。 触れたぬくもりの優しさのせいなのか、感じた疎外感を埋めてくれる存在感のせいなのか。 「ですが・・・嬉しいこともありました」 フフと笑って呟くように云う七条に、「え?」と啓太は問うように眼差しを上げる。 すると応えるように、七条の瞳に悪戯っぽい光が浮かぶ。 「ヤキモチを妬いてくれたのでしょう?」 「ほう・・・? 誰にだ?」 啓太、と。 低めた声で名前を呼ぶだけで、ふわりと目許をほてらせるような。 感じやすい啓太のおとがいに、中嶋は長い人差し指を掛けた。 そうして軽く仰のかせて、器用な指先でするするとネクタイを緩めていきながら。 「今度は逃げないのか?」 問い掛けて、頷くことも逃げることもできないでいる困惑顔で啓太に。 ならば今度はお仕置きではなくてご褒美をやろうかと、眼鏡越しの眼差しが薄く笑う。 近い距離から渡された笑みと、ブレザーの内側に忍び入った中嶋の手のひら。 触れられる期待にか、既に硬く尖っている胸の先。 「・・・・ぁ・・っ!」 敏感なそこを、シャツごしに指先で弾かれて。 その刺激にひくんと震えてくずおれた啓太の躰を、七条の腕が抱きとめる。 背を預けるようにして抱かれて、詰めていた息をほうっを深くつくうち。 七条の手で、ブレザーがするりと脱がされた。 啓太は慌てて、肩ごしに七条の顔を振り仰ぐ。 「ぁ・・・あのっ、誰か・・・来、たら・・・っ」 「大丈夫ですよ」 啓太の両肩を抱くように手を乗せて、頬を合わせて背後から顔を覗き込むようにして告げる七条と。 「お前は見られた方が燃えるじゃないか」 なあ啓太、と。面白がる風に云いながら、するすると指先での悪戯をエスカレートさせていく中嶋は。 啓太の抗議にもちっとも構った風はない。 「で、でも・・・・・・・っ、ふ・・・ぁ」 今しも扉が開いて、誰かが入ってくるかもしれないぞ。 あまり可愛らしい声を出しては、廊下を通る人に気付かれてしまいますよ、と。 啓太は散々に脅されて、煽られて。 「・・・ゃ、・・だめ・・で・・・・・・・・ぁ・・・っん・・」 とろとろに融かされていく。 BL学園の最凶タッグの手によって、理事長のセキュリティが易々と破られて。 手許のパソコンから、実はもう既に部屋の扉が施錠済みであることを知っているのは。 悪魔と鬼畜の二人きり・・・。 |