noir 10 for lovers 07 「明日はいらない」



 前提:和希友情ED後の話になります。






「和希、まだ帰ってないのか・・・?」

 扉をノックをしてみても反応はない。
 小さく首を傾げてもう少しだけ待ってみてから、啓太は鍵を開けて、そうっと扉を押し開ける。

「和希・・・?」

 一応もう一度呼びかけてみるものの、部屋の中は電気もついていなくて、人の気配もない。
 ここのところ毎日のことだから予測はしていたけれど、案の定、和希はまだ帰ってきていないらしい。

「・・・いないや」

 啓太はしょんぼりと肩を落としながら部屋に入って、後ろ手に静かに扉を閉めた。
 俺がいない間もいつでも部屋に入っていいからと合鍵を渡されて以来、なんとなく毎晩のように、和希の部屋を訪れてしまっている。
 部屋の主のいない、無人の部屋。
 昼間学園では毎日会っているけれど、寮で最後に和希と顔を合わせたのは一体いつのことだったろう。
 なんでも和希は今、実家の用事と手芸部の活動が重なって、ものすごくものすごく忙しいらしい。

「手芸部って、なんでいつもこんなに忙しいんだろ・・・」

 MVP戦が終わってしばらくは、学園でも寮でも休みの日に街に遊びに行くにも、なにをするにも当たり前のようにいつでも一緒だったから。
 隣が空いてしまっているのは、なんだか寂しい。
 啓太は手先が器用なほうではないから、手芸部の作業を手伝うことは無理そうだけれど、実家の用事のほうでなにか手伝いができないかな、今度聞いてみようかななんて考えながら、巡らせた薄暗い視界に。

「・・・・・?」

 ふと、この部屋で見慣れないなにかが掠めた気がした。
 不思議に思って、ゆっくりと視線を戻して確かめた先。
 ローテーブルの上に、A4サイズくらいの白い冊子のようなものが置いてあるのを見つける。

「なんだろう・・・」

 勝手に見るのはいけないことだと分かっていたけれど、なにかに背中を押されるようにふらふらと歩み寄って、手が伸びてしまって。
 手に取ったその冊子を開いて中身を見た啓太は、驚きに目を丸くする。

「・・・・・・・、これ」

 開いたページには、大きな写真が一枚。
 淡いピンクの着物を着た綺麗な・・・大学生くらいの女の人。
 その人が、にっこりと優しくこちらに向かって微笑んでいる。

 お見合いの、写真・・・?

 意味を理解する前に、どうしてかショックを受けた気がして。
 啓太は無意識に詰めていた息を、喘ぐようにゆっくりと吐き出した。

 でも、お見合いなんて誰が・・・。
 まさか和希が・・・?

 困惑しながらもう一度手の中の写真を見下ろすと、右下の端に、付箋紙が貼ってあるのに気が付く。
 書いてあるのは今週末の日付だ。

 これって・・・お見合いの日、かな。

 だとしたらもう、当日まで2日しかない。
 す、と体温が引いていくように躰の内側が冷えて。
 次いでくらりと、貧血のように視界が揺らぐ。
 膝の力が抜けて、よろめいてあとずさった先には和希のベッドがあって、啓太はそこにへたりこむようにして腰を下ろした。

 一体、何に対してこんなにショックを受けているのだろう。
 和希が、お見合いなんていう大事な話を啓太に内緒にしていたこと?
 それもない訳じゃない。
 でも、それが直接の原因ではないような気がする。

 じゃあ一体なにがと、考えようとするけれど。
 いくつもの思いが生まれては消えていって、考えはちっともまとまってくれない。

 和希が啓太を置いて、大人になってしまうこと?
 一人で置いていかれてしまうこと・・・?

「・・・そ、そうだよ・・・だってまだ俺たち、高校生で・・・っ」

 お見合いとか、結婚とか、そんなのはまだずっと遠くの話のはずで。
 でも・・・。

「和希って・・・もしかしてほんとにお坊ちゃまなのかな。だから、許婚とかお見合いとか、そういうのがほんとに・・・っ」

 すぐ身近で起こるような、そんな世界の人間なのだろうか?
 冗談で「俺はお坊ちゃまだからな」なんて云っているのは何度か聴いたことがあるけれど、あれは本当のことだった?
 ドラマとかマンガとか、啓太からは遠い世界でしか起こらないと思っていたことが、和希にとっては当たり前のこと?

「・・・ゃ、だよ・・・そんなの、和希が知らない女の人になんて・・・俺っ」

 啓太の知らない誰かと、そういう風になってしまうなんて。
 だって和希は、嬉しいときも困ったときも悲しいときも、いつだって啓太の一番傍にいてくれて。
 頼もしくて、啓太のことを励ましてくれて、いつだってとてもいい友達で。

 いい、友達、で・・・。

「・・・・・っ、ち・・違う・・・っ」

 ずっと当たり前だと思っていたことを改めて思った途端、胸のうちに激しい拒否感が生まれて。
 啓太は勢いよくかむりを振っていた。

 友達なんて、そんなのは・・・違う。

「俺・・・和希が・・・」

 心の中に生まれた、慣れない嫉妬。独占欲。
 収まりようもなく嵩を増していくそれが、今まで見えていなかった自分の気持ちを啓太に教える。
 知らずにいた気持ちを。

「和希が、好き・・・なんだ」

 知らなかった気持ち・・・和希を好きなんだという、気持ち。
 友達としてじゃなくて、もっと特別な意味での、好き・・・。

「・・・・・」

 幾重にもショックなことが重なって。
 啓太は呆然としてしまいながら、手許のお見合い写真を閉じる。
 そうしてそっとローテーブルの上に戻した白い表紙を、ぼんやりと眺めながら考える。

 いくらこの気持ちに気が付いたからといって、啓太が嫌だと思ったって。
 和希が週末にこの人とお見合いをすることに変わりはない。
 そしてきっと、週末を過ぎたら、和希にとっての特別な相手はこの女の人になってしまうのだ。

「・・・どうしたら・・・って、どうしようも、ないんだけど・・・でも・・・」

 途方に暮れながら惑わせた視線の先に、壁に掛けてある和希の制服が映る。
 いつも啓太の傍にいてくれる、和希が着ている制服。
 今日も学園にいる間は、ずっと一緒だった。
 困ったことがあるときには、いつだって相談に乗ってくれて。
 啓太の言葉を、いつも和希は親身になって聞いてくれる。
 優しい眼差しで、力づけるような笑みで、ちゃんと聞いてくれる。
 だから・・・。

「・・・云ってみるのも、だめ、かな・・・」

 ぽつりと、呟きが漏れた。

「だ・・・だって、週末が過ぎたら多分、云うのも駄目だ。気付かれたりも・・・駄目だから、その前に」

 気持ちだけでも、伝えたい・・・。
 胸が苦しくて。
 想いを少しだけでも外に出さないと、パンクしてしまいそうだから。

「・・・・・」

 俯いた視界に、いつの間にか握り締めていた自分の両手が映る。
 それをもっときつく、ぎゅっと握りなおして。
 小さく息を呑んでから啓太は、心を決める。

「ぃ・・・云ってみよう。和希に、好きって」

 云えないまんま、隠したまんまよりはその方がずっといい。
 一度だけでもちゃんと、気持ちを伝えたい・・・。





「ん? 今日?」
「ぅ、うん・・・あのさ、放課後10分くらいでいいんだけど」

 早く云わなきゃ云わなきゃと、気持ちばかりは焦るけれどなかなか口に出せなくて。
 翌日の学校で、啓太が和希に「話したいことがあるんだけど」と伝えられたのは、昼休みが終わる直前の教室でのことだった。
 いつも通りにしていないとと啓太は頑張って意識をしたつもりだけれど、その決意にあふれて緊張しきった様子はちっとも隠しきれていなくて。
 いつもと違う啓太の様子を、和希が不思議そうに首を傾げて見返していたけれど。
 今ここで啓太がなにも云うつもりがないことを見て取ったのか、その目許に優しい笑みを浮かべて、こわばってしまっている啓太の肩をぽんぽんとなだめるように叩いた。

「いいよ、俺も今日は用はないから。だから10分なんて云わずに、寮に帰ってからゆっくり話そう。啓太、今日の放課後はすぐ帰れるのか?」
「うん。今日は王様のとこも女王様のとこも、手伝う約束はしてないから」
「そっか。じゃあ一緒に帰ろう」

 そこまで話したところで、教室の前のドアが開いて教師が入ってきた。
 それに気付いた和希は笑みのままで啓太のくせ髪をくしゃりと一度かき混ぜてから、自分の席に戻っていく。
 その背中を見送りながら、啓太はぎゅっと両手を握り締めた。

 もう、これで・・・話さないわけにはいかない。

 高まる緊張に押しつぶされてしまいそうになりながら受けた5時間目の授業は。
 啓太にとってはとても長いような、それでいてとても短いような・・・不安でたまらない時間になった。





「ごめんな、和希。付き合わせちゃって」
「そんなのいいって。忙しかったのもひと段落したし、今日は久しぶりに夕飯も一緒に食べようぜ」
「ぅ・・・うん、そうだね」

 この後のことを考えると素直にうんとも頷けずに、啓太は少し力なく笑って返事を誤魔化す。
 こうして二人で一緒に、学園から寮までの道のりを歩くのは本当に久しぶりのことで。
 いつもならばただ楽しくて、話したいことがたくさんあって、賑やかな帰り道になるのだけれど。
 寮での大事を控えている今日に限っては、どうしても啓太は気がそぞろになってしまう。
 少々おかしな受け答えをする啓太に、和希も帰り道では特になにも訊ねては来なかった。
 そうしてたどり着いた、寮の和希の部屋。
 鍵を開けて、扉を押し開けて、和希は啓太を促した。

「どうぞ」
「ぅ、うん・・・お邪魔します」

 入り慣れた和希の部屋だというのに、啓太はなにやら申し訳なさそうに、借りてきた仔猫のようにそろそろと部屋に入っていく。
 その様子に、後に続いた和希が扉を閉めながらぷっと小さく吹き出す。

「なに云ってるんだよ。改まっちゃって」
「ぇ・・・そ、そんなこと、ないけど」
「そうか? 啓太、なにか飲むか?」
「ううん、いいよ。それより俺、和希に聞いてほしいこと、あって・・・っ」
「うん、分かってる。でもやっぱり、なにか飲み物を入れてくるよ。啓太は少し落ち着いたほうがいい」
「ぇ・・・・」
「泣きそうな顔してるぞ。俺に、そんな緊張することないだろ」

 つん、と眉間をつつかれて、啓太は目を瞠った。
 気付かれているなんて思っていなかったから驚いて。
 それに、泣きそうな顔をしていた自覚なんてなかったけれど、気遣わしげに向けられる眼差しのせいで、触れた指先のぬくもりのせいで、和希のせいで泣きそうになる。
 慌てて俯いた啓太の頭を優しく叩いて「ちょっと待ってて」と云い置く和希の手のひらが、こんな風に啓太に触れるのも今日までなんだと・・・。
 なんだかそんなことばかりを考えてしまって、感情が昂ぶってしまってたまらなくなる。
 昨日からずっと考え通しの悩み通し、そのうえ緊張のしっぱなしで、啓太の頭と心も限界だったのだ。

「・・・っ、あのさ、和希!」

 啓太は、簡易キッチンに向かおうとする和希の背に呼びかけた。
 立ち止まったその背が振り返る前に。
 抑えていた気持ちのまま、言葉があふれ出す。

「俺・・・俺っ、和希のことが・・・好き、なんだっ」

 勢いに任せて声にした、気持ち。

「友達としてじゃなくて、もっと特別な・・・意味、で・・・っ」

 視線の先で、和希の背が緊張したのが分かったから。
 途端に不安になって、啓太は言葉を詰まらせる。

 この期に及んで自分でも呆れてしまうけれど、「好きだ」と云えなくなる前に云わなくちゃとそればかりを考えていたから、云ってどうなるとか、どうして欲しいとか、そんなことを一切考えていなかったことに気が付いた。
 多分、それだけ混乱していたのだろうけれど。
 困ったことが起こったときいつもそうしていたように、和希に相談をするようなつもりだったのかもしれない。
 けれども今回は和希も当事者になる訳だから、いつもとは違うのだ。
 そんなことに、今、気が付いた。

「・・・・・」

 返ってくるのは案の定、沈黙で。
 こんな風に気持ちを伝えてしまうこと自体が、もしかしたら和希にとっては迷惑だったんじゃないかと。
 考えが回りだしたら、本当に今更だけれどそんな風にも思って。
 啓太は云ってしまったほうがすっきりできるかもしれないけれど、云われた和希はたまらないんじゃないかと。
 週末にはお見合いが控えているというのに、こんなことを聞かされても、きっと・・・。

 勢いを失って黙り込んでしまった啓太を、ゆっくりと和希が振り返る。

「・・・・・啓太」

 そうして向けられる、驚きを隠せない表情。
 やっぱり困らせてしまったのだと気付いて。
 いたたまれなくなって、呼吸さえ上手くできなくなってしまいそうで、啓太はその場から逃げ出そうとじわり上体を引いた。
 このまま扉まであとずさって、「おかしなこと云ってごめん、冗談だから」とでも云ってここを飛び出して、自分の部屋に戻ってもう少しだけ落ち込んでからぐっすり一晩眠って、明日になったらまたいつも通りに接すれば、きっとそれで今まで通りに・・・。

「啓太・・・っ」

 くるくると思考ばかりが先走って動けずにいると、名前を呼ばれる。
 啓太が顔を上げるのと、啓太との距離を二歩で詰めた和希が啓太の躰を抱きすくめるのとがほとんど同時で。

「俺も、好きだよ・・・啓太」
「・・・・、っ・・」

 なにが起こったのか分からずに。
 パニックに陥っている啓太の耳許に、熱い息が囁く。

 自分にとって都合のいい言葉が聞こえたような気がした。
 望みすぎて、幻聴でも聴こえてしまっているのではないだろうか。

 すっかり置いてきぼりにされて、酸欠みたいになって上手く動かなくなってしまっている頭で。
 なんだか夢の中での出来事みたいだと、思って。

「啓太が俺を選んでくれて、嬉しい・・・」

 それでも噛み締めるように云う声音は和希のもので。
 啓太を抱き締める腕も、頬を押し付けている肩のぬくもりも、確かの和希のもので。

「・・・・かず、き・・」
「啓太・・・・、啓太っ」

 抱く腕の力が強すぎて痛いくらいなのに。
 これが夢じゃないことをもっとちゃんと感じたくて、啓太はまだ信じられない気持ちでそろりと腕を上げて、和希の背をそうっと抱き締めてみる。
 それでもぬくもりは消えずに、ちゃんと啓太の腕の中にあって。

「啓太・・・」
「・・・ほんとに・・ほんとに和希も、俺の、こと・・・」
「好きだよ、ずっと好きだった」

 なだめるように優しく背を撫でられて、啓太はほうっと深く息をつく。
 ほんの少しだけ気持ちが落ち着いて、こわばっていた肩から力が抜けた。

「啓太は俺のこと、いつも心配性だって云うけど・・・俺がそんな風になるのは、啓太に対してだけだよ」

 合わさる胸から伝わってくる鼓動、
 早鐘のようなそれに、心を騒がせているのは自分だけじゃないことを感じる。
 それだけではなくてシャツごしに感じる肌の熱さも、僅かに震えて掠れるその声も。
 和希の想いが直接に感じられて、全身が心臓になってしまったみたいに、どきどきとますます鼓動が速くなる。

「それに・・・」

 啓太は途切れた和希の言葉の先を問うように、そうっと眼差しを上げる。
 すると吐息が触れてしまいそうなくらい近くにある和希の顔が優しく笑んで、そのまま、ちゅっと啓太の頬にキスをした。
 MVP戦の直後にされたのと同じ、ついばむような軽いキス。

「・・・・っ、ぁ・・」
「キスもね」

 したいと思うのは、と笑う艶めいた眼差しから目が離せなくなって。
 啓太は吸い込まれそうなその瞳の色に、こくんと息を呑む。

「でも・・・・したいのは、キスだけじゃないんだ」

 伸ばされた手のひらに、優しく首筋を撫で上げられて。
 身のうちにざわりと落ち着かない衝動が生まれた。
 今までにだって、頭を撫でられたり肩を叩かれたりしたことは幾度もあったのに、こんな風に感じるのは初めてのことで、戸惑う。

「啓太、俺・・・」

 囁きと一緒に、目許に落ちたキスは次は頬に、鼻先に触れて。
 啓太の気持ちのすべてを見透かしてしまいそうな瞳が、間近から啓太の眼差しを絡め取る。

「俺、啓太が欲しい」
「・・・・・、っ・・」
「啓太を抱きたい・・・」
「・・・・・和希・・」

 キス以上のことが分からないほど子供じゃない。
 だからといって、全部がちゃんと分かっている訳じゃない。
 それでも・・・。

「・・・俺、も・・・・・っ」

 欲しい気持ちは分かる。
 啓太の中にも、同じ気持ちがあるから。

「俺も、和希が・・・欲しいよ」
「啓太・・・・・っ」

 求める気持ちばかりが強まって。
 術が分からないもどかしさにむずかるような啓太を。
 応えるように、和希の腕が強く抱き締めた。





 ときには話をするために、ときにはテレビを見るために、並んで腰掛けたことしかなかったベッド。
 そこに横たえられて、ついばむような軽いキスを幾度もして。
 時折、唇を優しく食まれたり、舌を絡めたり、溢れる唾液を辿るように舐められたり。
 キスにもこんなにたくさんのやり方があるのだと教えられるたび、ぞくぞくと甘い痺れが生まれて、躰が熱っぽくとろけていくのが分かった。

 シャツの内側にもぐりこんだ手のひらにじかに肌を撫でられると、その熱はもっとずっと高ぶって。
 躰のあちこちをさまよっていたその手のひらが、もう反応して震えている欲望に辿りついて、直接に触れると、啓太の果実はそれだけですぐに弾けてしまって。
 恥ずかしくて、情けなくて、じわりと涙がにじんだ。
 その涙を唇で拭ってくれながら、和希の指先はそのもっと奥、密やかに息づく小さな蕾までもゆっくりと暴いていく。

 こんなことをするのは初めてだから、どうしていたらいいのか分からずに戸惑って。
 それでも優しい手に促されるまま、啓太はゆっくり躰を開いていく。
 自分でもろくに知らないような奥まった場所。
 意識までぼんやりととろけてしまうくらい時間をかけてほぐされたそこに、指先とは違う、熱くて硬いものを押し付けられて。

「・・・っ、かず・・・・」
「啓太、力を抜いて。ゆっくり息を・・・そう、ゆっくり、少しずつでいいから、繰り返して・・・」
「・・ん・・・・っ、・・ふ・・・・っ」

 云われるまま、優しい声音に促されるまま。
 啓太は浅い呼吸を健気に繰り返す。
 そうして息のしかたを覚えて、徐々にリラックスして力の抜けていく躰の奥深く。
 柔肉を押し広げるようにして、ずくりと和希が入ってくる。

「っ、ぁ! あぁっ・・・・・っ、・・・っ」

 拒む気持ちなんて全然ないのに、躰が勝手にこわばってしまう。
 どうしたらもっと上手くできるのかが分からなくて、もどかしさにじわりと涙がにじんだ。

「啓太・・・大丈夫、怖くないよ・・・力を抜いて。息を詰めちゃダメだ」

 励ますような甘い声音と、顔中に降り注ぐなだめるキス。
 濡れた目許をついばむキスは、まるで労わるように優しくて、ますます泣きたくなる。

「・・ん・・・・っ、ふ・・・・・・っ・・・」

 気の遠くなるような時間を掛けた挿入のあと、ようやく。
 ぐ、と。持ち上げられている内腿に和希の肌が触れた。

「・・・・・ぁ・・っ」
「っ、・・・・・啓太、ほら・・・」

 手を取られて、導かれるまま、繋がるその場所に指先で触れて確かめる。
 どうなってしまっているのか、その場所はいっぱいに押し広げられていて。
 受け入れるように作られてはいないはずの躰が、和希をちゃんと受け入れていて。

「・・・分かるか? ひとつになってるよ、俺たち」
「・・・・ん・・っ、・・・・和、・・・かずき・・・っ、かずき・・・っ」

 啓太はこくこくを幾度も頷いてみせる。
 あふれる涙ですっかり濡れてしまっている頬を、和希の唇が優しく辿って。

「つらいか・・・?」

 見上げる視界は涙ですっかりにじんでしまっていて。
 ぼやけてしまってちゃんとは見えなくても、その声音だけで和希の表情は分かる。
 眉をひそめて、心配そうに啓太の顔を見下ろしているのが分かるから。
 大きすぎる圧迫感のせいで呼吸も上手くできないくらいだけれど、幸せで幸せで胸が苦しくなる。

「・・・、だいじょぶ・・・・平気、だよ、おれ・・・」

 笑ったつもりなのに、多分おかしな泣き顔みたいになっていそうで困った。
 でもそんなことを気にしていられる余裕なんて、すぐになくなってしまう。

「啓太・・・っ」

 腰を抱かれながら、繋がるその腰をゆっくりと揺らされると。
 啓太の背が、和希の腕の中で弓なりにしなる。

「・・っ、ん・・・・・ぁ、っ・・・ぁ、・・・ぁあっ」
「啓太・・・好きだよ、啓太・・・」

 抜き差しをするのではなくて、二人同じリズムで揺れる。
 そのたびに和希を受け入れている躰の奥のほうが柔らかくとろけて、うずくような、もどかしいような、見知らぬ感覚が閃いていくようで。
 戸惑いながら啓太は、きゅうっと和希の腕を握り締める。

「・・・っ・・・・ん・・・・・・ぁ・・、かずき・・・おれ、へん・・・っ」

 身のうちを熔かす熱が、徐々に下腹に集まりだして。
 じわじわと嵩を増してくる紛れもない快感。
 せつなげに眉根を寄せてかむりを振る啓太の眉間に、額に、鼻先にキスを落としながら、和希の声が教える。

「変じゃないよ、啓太。好きな人としたら、みんなこうなるんだ・・・」
「でも・・・・ぁ、っ! ゃ・・・和希、だめ・・・・・っ、ぁあっ」

 自身の溢れさせた蜜ですっかり濡れて、存在を主張している幼い果実。
 二人の躰の間で揺れるそれを、やんわりと和希の手のひらが包み込む。

「嬉しいよ、俺に感じてくれて・・・啓太」

 ひくんと息を詰まらせて、せつなそうに寄せられた眉根にキスをして。
 和希は本当に嬉しそうに云って、艶やかに微笑んだ。

「可愛い、啓太・・・・啓太、っ」
「・・・っ、・・・ん・・・・・ぁ、ふ・・っ」

 穿つ動きに合わせて、甘い声音で囁きながら、手の中の熱を優しく愛撫すると。
 そのたびに啓太は甘えるような喘ぎを零して、次々と蜜を溢れさせて和希の手のひらを濡らした。
 自分以外の手を知らないそこは、ひどく敏感になっていて。
 和希に与えられる快感のすべてを、従順に受け止めてしまう。

「・・・あっ・・・あっ・・・・ぁ、っん・・・あっ・・・・」

 張り詰めた自身を優しく扱かれるたびに、啓太の柔らかな内壁は奥深く受け入れている和希を締め付ける。
 そのたび熱を増して、質量を増していくそれが。
 感じやすく繊細な場所ばかりを、立て続けに抉って擦り上げる。

「・・ん・・・・っ・・、もうっ・・・も、・・・・かずき、かず・・・っ」

 啓太は泣きながら限界を訴えて。
 力の入らない指先が、それでも懸命に和希の腕にすがった。

「ん、いいよ。一緒にいこう、啓太・・・っ」

 啓太を見下ろす和希の顔にも汗が浮いていて、ちゃんと感じてくれているのが分かって。
 その悦びに、注がれる愛しげな笑みに、胸のうちがとくんと震える。

「・・・っ、ぁ・・・、・・あっ・・・あっ、あっ、ん」
「啓太・・・啓太・・・・・っ」

 あやすようなキスのあと、喘ぐ唇に舌先が潜り込んで。
 深くまで貪られて吐息まで奪われて。

「・・っ、ぅ・・ん・・・っ、ん・・・・ん・・・・っ」

 激しくなる突き上げに揺さぶられるたび、甘えるような鳴き声をこぼしながら。
 たまらずにきゅっと閉じた眦に涙がにじんで。

「っ、・・・ん・・っ、・・・ぁ、ぁあっ、―――――・・・・っ」

 押し寄せる目眩うような快感に。
 啓太は背筋を震わせて、欲を解き放つ。

「・・・っ、けい・・・た・・・っ」

 そうして最奥に、和希の熱を注がれる感じて・・・・・。





 白く弾けた視界は、しばらくぼんやりとしたまま焦点を結ばなくて。
 聞こえるのはまだ整わずに荒いままの自分の呼気と、和希のそれ。
 そうしてゆっくりと折り重なってくる、和希の重みを受け止める。

「・・・っ、・・・ふ・・・・っ」
「啓太・・・、・・・」

 ほうっと深く息をついた唇に、いたわるような優しいキス。
 今日だけで、いったい何回のキスをしたんだろう。

 今日、だけで・・・。

 何気なく考えたところで、思い出す。
 こんな風に幸せでいられるのは、今このときだけなのだと。
 こんなに近くに感じているぬくもりは、今だけのものなのだ。
 眠って、夜が明けて、目を覚ましたら和希はお見合いに行く。
 幸せな夢の中から、急に悲しい現実に引き戻された気がして、その大きすぎる衝撃に気が遠くなってしまいそうになる。

 明日なんかこなければいい。
 ずっと、ずっとこのまま・・・。

「・・・・っ、・・」
「啓太・・・?」

 いきなり両腕で顔を覆ってしまった啓太に、和希が慌てた様子で身体を起こした。

「どうした? 苦しいのか? 啓・・・」
「っ、ちが・・・違うっ。そうじゃ、なくて」

 顔を覆ったまま、啓太はふるふるとかむりを振る。
 苦しいのは躰じゃない。
 痛みに悲鳴を上げているのは心のほう。
 好きな気持ちが大きすぎて、簡単になんか消せそうもなくて。
 想いが叶ったときの甘さを知ってしまったのに、それが叶わないことだと知っているから。
 和希のぬくもりを手放さなければならないことに、心が、行き場をなくして軋んでいる。

 初めから分かっていたことなのに。
 それでもいいと、思っていたはずなのに。
 やっぱり、苦しい・・・。

「・・俺・・・・・俺、見ちゃったんだ」

 啓太はゆっくりとひとつ瞬いて、目を開ける。
 間近には、心配そうに眉をひそめた和希の整った顔。
 こんなときなのに、とくんと胸が甘くうずく。

「和希、お見合いするんだろ? この前、部屋に写真が置いてあって、それで」

 驚いたように目を瞠る和希に、啓太は震える声で続ける。

「ごめん。勝手に見たら駄目だって思ったんだけど、き・・・気になっちゃって、どうしても、俺・・・っ」
「啓太・・・」

 濡れた目許を誤魔化すように、ごしごしと擦る啓太の手を取って。
 和希はその手の甲に唇を押し当てる。

「啓太・・・俺を見て?」

 優しい力でその手を握って、あやすように、軽く揺らすようにしながら。
 和希が啓太の顔を覗き込む。
 そうして目の端が少し赤くなってしまってる啓太の、心許なく揺れてる瞳が自分を見返すのを待ってから。

「だから、俺に好きって云ってくれたのか?」

 責める風ではなく問い掛けられて。
 惑うように少し考えた後で、啓太はこくんと小さく頷いた。

「ん・・・・きっかけは、そうだよ。気が付いた、きっかけは」

 落ち着こうとするように、啓太はゆっくりと大きく息をついて。
 つらそうに眉根を寄せて、目を瞑った。

「俺・・・和希がお見合いして、その人のこと好きになって、そうしたら今みたいにはもう、一緒に・・・いられないんだなって、思って・・・でも」

 告げる声が、しゃくりあげるように震えて。
 おずおずと開かれてもう一度和希を映した青い瞳は、すっかり濡れて、潤んでしまっている。

「でも俺、和希のこと誰にも取られたくなくて、ずっと一番近くに、一緒に・・・っ」

 必死に云い募っていた啓太は、けれどもそこではっとしたように言葉を切る。
 和希に向かって伸ばしかけていた腕も、その指先が和希に届く前にきゅっと握り締められて、力なくシーツに落ちる。
 啓太はふいと悲しげに、眼差しをそらした。

「ごめん・・・・・でももうちゃんと、平気だから。俺、和希に好きって云ってもらえてすごく嬉しかったし、こ・・・こんなことも、して、今だけでも和希のこと独り占めできて。だから、もう、ちゃんと・・・ちゃんと・・・っ」
「ちゃんと、なに?」
「・・和、・・・っ」
「ちゃんと諦めるから? 啓太、俺のこともう好きじゃなくなるのか?」
「・・・・・っ・・・」

 問い詰める口調の和希の顔を、啓太は思わず見返した。
 普段見ることのない、怖い顔。真剣な眼差し。
 瞳をそらせずに真っ直ぐにその顔を見上げたまま、啓太も負けずに頷こうとするけれど、できない。動けない。
 だって・・・無理だ。
 和希が女の子と幸せになるのを応援することは・・・本心から応援するのは難しいかもしれないけれど・・・和希の前でだけ、笑って応援することはきっとできる。
 それでも、好きな気持ちをなくすことはできない。
 和希の迷惑になると分かっていても、でも、どうしても・・・。

 自分の気持ちだというのに、ちっともままならない。
 望んでいること、しなければならないこと、してはいけないこと。
 それに感情までが混ざって、心の中がぐちゃぐちゃになる。

 涙腺の蛇口が壊れてしまったのかもしれない。
 もうすっかり濡れてしまっている目許が、またじわりと熱くなって。
 啓太は顔を覆ってしまおうと、慌てて両腕を持ち上げた。

「・・・・・、ごめん、和希ごめん・・・俺、やっぱり・・・」
「啓太・・・」

 和希は啓太の手首をつかんで、顔の脇に縫いとめる。
 名前を呼びながら、伸し掛かるようにして真上から顔を見下ろすけれど。

「啓太、俺の顔見て」
「・・・・・っ」

 強情に目を瞑ったままふるふるとかむりを振る啓太に、和希は辛抱強く言葉を重ねる。

「啓太」
「・・・・・っ、・・」
「啓太・・・・・そんなに泣いたら、目が溶けちゃうぞ」

 呼ぶ声が困ったような笑みに溶けて。
 きゅっと力の入ってしまっている、顰めていても可愛らしい眉間に、なだめるようなキスをひとつ。
 すると驚いたように、啓太は思わずのようにぱちりと目を開けてしまう。
 ひたりと合ったその瞳を逃さずに、和希は真っ直ぐに啓太の目を覗き込む。

「好きだよ、啓太。俺は、啓太じゃなきゃだめなんだ」
「・・・かずき」
「だから」

 とても幸せそうに、くすりと笑って。

「だから、お見合いなんかしない」

 まるで宣言をするようなその調子に。
 啓太は声も出せずに、ただでさえ大きな瞳をもっと大きく丸くする。
 和希はその無防備な表情にくすくすと笑って、上気している頬に、ちゅっと音を立ててもうひとつキスをした。

「する訳ないだろ。俺が好きなのは啓太なんだから」

 まあ啓太が見合いの相手なんだったら、話は別だけどね、とおどけた風に笑って。

「それに・・・話したいことがあるんだ、たくさん」

 息を詰めて和希の言葉を聞いている啓太の、柔らかな前髪を優しく指先ですき上げて。
 額にもキスを落とす。

「今まで内緒にしてた、俺のこと」

 そうしてもう一度、近い距離で見詰め合う。
 するとそこには、時折見せる、なぜだかとても大人びた表情をした和希の顔があって。

「全部、話したい・・・聞いてくれるか?」

 真摯な眼差しで告げられる言葉の意味が、ゆっくりと啓太の中に降り積もる。
 その意味を考えて、理解するうち。
 啓太の表情にあった驚きは、徐々に嬉しそうな笑みに溶けていく。

「うん・・・・和希」

 明日になっても変わらない。
 腕の中のぬくもりを、手放す必要がないのだと知って。

「知りたい・・・俺、知りたいよ、和希のこと全部」

 啓太は伸ばした腕で、今度は迷わずにぎゅうと和希の首にしがみついた。
 同じだけ強い力で、和希が啓太の躰を抱き締める。

「ずっと伝えたかったんだ・・・啓太、俺は・・・」

 そうして耳許で、大切な言葉を囁く。
 変わることなく、胸のうちに抱いていた言葉を。


 啓太だけを、ずっとずっと愛してきたんだよ―――・・・・





オンでは初めての和啓えちです。
鈴菱×啓太ではなくて遠藤×啓太を意識して書いたのも初めてです。
オヤジ度を低めにあっさりと、を心がけて(笑)

さくっと書けるかなと思って書き始めた話だったのですが
思いのほか長くなってしまいました。

どう考えてもえちが入ったからなんですけど・・・_| ̄|○ il||l

私はどちらかというとSSのほうが好きなのですが
うっかりたまにはこんな長めの話もー。


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