女王様のキスあれ・・・なんだかヤバいかなと、啓太が最初に感じたのは4限目の生物がそろそろ終わろうかという頃だった。 ぞわぞわと、肌と服との隙間に嫌な寒気を覚えて。 腕辺りといい膝辺りといい、節々がなんとなく疼くような痛痒いような、もどかしい感じがして。 おかしいな、風邪でもひいたのかな? 考えながら半ば無意識に、額の熱を指先で確かめる。 触れた感じ熱はなさそうだけれど、なんだか少し嫌な感じがする・・・。 軽く眉根をしかめてついた吐息が、いつもより少しだけ熱いかなと小さく首を捻ったとき、りんごーんと授業終了のチャイムが鳴った。 「それじゃあ、今日の授業はこれでおしまい!」 宿題を忘れないようにねと、無邪気な笑顔で念を押して資料を抱えた海野が出て行くと、昼モードに突入した教室がざわざわと活気を取り戻す。 「啓太、今日の昼はどうする?」 前の席の和希が振り返って尋ねるのに、そうだなどうしようかなあんまり食欲はないんだけどなと思いながら、立ち上がろうと腰を浮かせたら・・・。 「うわっ、ちょ・・・啓太っ?!」 驚いたように声を上げた和希が慌てて身を乗り出すものだから、啓太の方こそが驚いてしまう。 どうしたんだよ和希、と笑おうとした次の瞬間。 視界がゆわんと、歪んで。 「? あ、れ・・・・・?」 伸ばされた和希の腕がぼんやり霞んでそのまま・・・啓太の意識はブラックアウトしてしまった・・・らしい。 ひんやりと額を撫でる、冷たさがここちいい。 触れるこの感じを・・・よく知っているような気がするのだけど、意識はまだ遠くにあって、考えが上手く纏まらなくて。 もどかしさに寄せた啓太の眉根を、宥めるように指先がするりと辿る。 指先・・・? 思うと同時にふと脳裏に浮かんだ、細くてキレイな指のかたち。 白い手。白い腕。白い・・・。 あ。 急速に意識が覚醒して。 ぱちりと啓太が目を開ける。 「さいおんじ、さん・・・?」 寝起き特有の掠れた声で、確かめるように名前を呼ぶと。 「・・・起きたのか、啓太」 前髪を梳く動作が一瞬止まって、僅かに安堵を滲ませた声が返る。 「なにがあったか、覚えているか?」 すくうようにふわりと前髪をよけて、啓太の顔を覗き込むのは案の定、西園寺。 静かな、ともすると冷たいと思われがちなその声に。 啓太を思いやる温かさが含まれていることが、啓太には分かる。 その優しさも、優しさに気付くことができたことも、どちらもが啓太にとっては誇らしくてとても嬉しくて。 幸せなここちのまま頬を和ませて、へへへと吐息で笑ったら。 「・・・なにを笑っている?」 笑みを含んだ問いと一緒に、くにゅり、と頬をつねられた。 「・・・くすぐったいです、西園寺さん」 「啓太が悪い。私の問いに答えずに、一人で楽しそうにしているから」 私は誰に妬けばいい? と、つねった頬を、西園寺の指の背が優しく撫でて。 「誰にも・・・西園寺さんだって思ったら、嬉しかっただけです」 「そうか・・・」 くすりと笑んで。小首を傾げるようにして、頷く。 いつも変わらない、この人のまとっている穏やかな空気に、ほっとする。 ほっとして・・・そういえばどうして自分はここで、こうして寝ているのだったっけ? と考えられる余裕がようやく戻ってきて。 記憶にあるのは確か・・・昼休み直前の、和希とのやり取り。 けれども今、外から窓を照らす明るさは、傾いた日差しのだいだい色。多分もう夕方だ。 そうしてここは、啓太の部屋。 寝転がっているのは、自分のベッド。 ゆっくりとまた髪を梳かれながら、ゆっくりと順番に思い出す。 「少し熱がある、もう少し休むといい」 髪に触れていた指先が、閉じるようにと、促すように瞼を撫でて。 「あ・・・はい、あの・・・西園寺さんが・・・俺をここまで運んできてくれたんですか?」 そんな訳ないよな多分、とは思ったものの。 他の尋ね方が思い浮かばずに、とりあえず問うてみる。 すると、触れていた指先の動きが不意に止まって。 あれれと思って、瞼を開けると。 「・・・・・・臣だ」 ぼそりとあからさまに不本意そうに、憮然として答える西園寺の様子がなんだか可愛く見えて、思わず頬が緩みそうになって。 啓太は慌てて表情を引き締めたけれど、繕った表情にはほんの僅か、嬉しさがにじんでしまっていたらしい。 それに気付いた西園寺の片眉が、ついと上がった。 そうして手のひらで啓太の頬を包んで、やんわりと自分のほうへと仰のかせる。 「啓太。私は啓太を誰かと共有するつもりはないぞ」 「されないですよ、俺が好きなのは西園寺さんなんですから」 「ではなぜ、臣が運んできたと聞いて嬉しそうな顔をする」 「だってそれは・・・」 それは、西園寺さんがヤキモチを妬いてくれるなんて嬉しかったから。なんて。 云っていいのかなどうなのかなと惑う。 「啓太」 けれどもこの声で名前を呼ばれたら、逆らうことはとても難しくて。 こらえていた笑みと一緒にひとつ息をついた啓太は「怒らないで聴いてくださいね?」と前置きしてから話し出す。 「いつもは俺が、七条さんにヤキモチを妬いてばっかりなのに」 ゆっくり瞬く視界には、本当に本当にキレイな、大好きな人。 「今日は、西園寺さんがヤキモチ妬いてくれるんだなって思ったら・・・なんだか、嬉しかったんです」 こんな距離で、こうして見詰めていられることすら、なんだか特別な気がして嬉しい。 「大好きです、西園寺さん・・・」 甘える仔猫の仕草で、西園寺の手のひらに頬をすり寄せた啓太が。 ちゅんと、白い手首の内側にキスをする。 告白にか、行為にか。驚いたように、僅かに目を見張った西園寺を。 テレたように本当に嬉しそうに、へへへと笑って啓太が見詰めるものだから。 「まったく、お前は・・・」 添えてられていた指先が、くすぐるようにして啓太の頬を撫でる。 「私を無責任に煽るなというのに」 直ぐにも眠ってしまいそうな、こんな温かい肌をして、と。 身を乗り出した西園寺が耳許で笑った。 「愛している、啓太」 さらりと、柔らかな髪が啓太の頬に落ちる。 その心地よさ瞼を閉じて、軽く顎を反らした唇に。 「お前は・・・私のものだ」 触れそうな距離で囁いてから。 ふわりと優しく、癒すように。 女王様のキスが落ちた。 |