pale & deep
金曜日の放課後、夕焼け色の廊下に遠くの喧騒が響く。
会計室の戸締まりしていた七条がふと思い付いたように、傍らの啓太に週末の予定を尋ねると。
「あ・・・すみません七条さん、俺明日は・・・」
「なにか先約がありますか?」
それは残念です・・・と、本当に残念そうに瞼を伏せる七条に、啓太は慌てて言い足す。
「あのっ、違うんです! 俺明日は買い物に行きたいなと思ってて、それでっ」
よくよく見てみればこの時点で、悲しそうに俯いた七条の背後に先の尖った黒いしっぽが出現していることに気が付きそうなものだが。
しおらしげな憂い顔を必死になって見上げる啓太には、そんなことに気付く余裕などあるはずもなく。
「もし七条さんさえ良かったら、一緒にっ!」
啓太は今日はパジャマを買うのだと云う。
諸般の事情で、換えのパジャマがもう1枚ないとローテーションが回らないらしい。
それを聞かされた諸般の事情の根源はといえば、背中の羽根をパタパタとはためかせながら、そうなのですか、と穏やかに笑って頷いてみせる。
二人が連れ立ってやってきたのは、学園から程近いショッピングセンター。
街の中でも賑わっているエリアなので、道行きBL学園の生徒と偶然会うことも少なくはない。
啓太が目指しているのはその一角にある雑貨屋。更にいえば店内の1000円均一パジャマワゴンである。
生活費が学園持ちだとはいえ、まさかパジャマ代まで請求する訳にもいかないし、啓太の家はごく普通の一般家庭だ。贅沢はできない。
「・・・請求すれば、多分申請は通ると思いますよ?」
他でもない啓太のお願いとあらば、あの理事長はさくさくと判子を押しかねない。
「そうですね、理事長はMVP戦を開いてくれたりする、くだけた人みたいですから」
啓太はくすくすとおかしそうに笑った。
冗談などではないのですが・・・まあある意味くだけた人ではありますね、砕けてしまった人とも云えますけれど。
思いながらも、口に出してはただフフフと笑い返してみせる。
そんな七条の前で、あれでもないこれでもないと悩んでいた啓太が。
「よいしょ・・・・・ぁ、これにしようかな。うんっ」
ワゴンに山と詰まれたパジャマの中から、淡いブルーの、大きめなチェック柄が入ったパジャマを手に取った。
と。
「では僕はこれを」
そう云ってひょいと七条がワゴンから取り上げた包みに何気なく目を遣った啓太は、次の瞬間思わずぴしりと固まった。
―――――5秒経過。
「ぉ・・・・・・・・・・お、っ」
七条の手の中にあるのは、かろうじて色こそ深いブルーではあるものの、柄も形も、どう見ても啓太が選んだものと・・・・・。
お揃いですか―――っ??!!!
目を剥いて七条の顔を見上げれば、にっこりといつもの笑顔を返された。
そのうえ疎かになっていた手許からひょいとパジャマを奪われて。
「伊藤君、これは僕からプレゼントさせてください」
「え・・・ええっ、いいですよそんなっ。俺自分で!」
「今日の記念です」
「記念て・・・し、七条さん、今日は普通に買い物に来ただけじゃないですかーっ」
この時点で、お揃いなんてそんなどうしてという問題がプレゼントなんてそんなどうしてという問題に摩り替わっていることに、啓太が気付くはずもなく。
慌てた様子で、ただでさえ俺はいつも七条さんにはいろんなことをしてもらってばかりなんですからっ、などと云っている。
「でも僕は、伊藤君がよろこんでくれることをするのが嬉しくて仕方ないんですが・・・」
フフと、言葉と一緒に意味ありげな笑みを渡されると『よころこんで』が『悦んで』に聴こえて仕方のない啓太だが、泳ぎそうになる目線を頑張って七条の顔に向けて。
「で、でもやっぱり、してもらってばっかりなんてダメです!」
「どうしても?」
「はいっ、どうしても!」
両手を握り拳にして、引かない覚悟でこっくんと大きく頷いて主張する。が。
「そうですか・・・」
ふう、と残念そうに息をつかれると、啓太の胸がツキンと痛んだ。
けれども、申し訳ないような気持ちになった啓太が「あの・・・」とフォローの言葉を口にしようとするその前に。
それではこうしましょう、と、さすがの啓太にももはや不穏としか思えない笑顔を浮かべて、七条が提案する。
「このパジャマは、僕から伊藤君にプレゼントさせてもらいます。代わりに今日のパフェは、伊藤君が僕に奢ってくれるということで」
どうですか?
「・・・・・・・・・・」
考えなければならない内容が次々と変わる展開の中、啓太は啓太にしては頑張って考えた。
寮に帰ったら知恵熱の2度や3度は出るかもしれない。
「わ・・・かりました、それなら・・・いいです」
結局、多分いいような気がしてしまって、こくんとひとつ頷くことになる。
ありがとうございます、と何故かプレゼントを渡す側の七条に礼など云われてしまいながら。
大丈夫だよな、どこもおかしくないよなと、やり取りを反芻しながらレジへと向かった。
ところが、一難去ってまた一難。
最後の難所はレジで待っていた。
会計を済ませ、パジャマを袋に入れようとした店員を七条が止める。
「すみませんが、プレゼント包装にしてください」
「承知いたしました。お二つご一緒のお包みでよろしいですか?」
「はい、一緒で」
にっこり。
「・・・・・し、七っ・・・し・・っ」
七条と店員の会話に、またしても啓太が心拍数を跳ね上げる。
かしっ、と思わず七条の袖を捕まえて斜め後ろから顔を見上げて。
「ぃ、一緒なんですかっ?」
「だめですか?」
「・・・ぅ、・・・だめじゃ、ないですけど・・・」
それはよかった、と安堵の笑みを向けられると。
こんな状況だというのにその笑顔を見て、ああやっぱり好きだな、この人はキレイだなと思ってしまう自分に、軽く途方に暮れながら。
黙ってれば俺と七条さんが着るなんて分からないのに、こんなに動揺してたら逆に怪しいって思われちゃうよっ。
湯気の出そうな勢いで完熟しながら耐え忍んで待つ耳に、フフフと聴こえた含み笑いが、七条のものだけではなくて店員のそれと唱和していたような気がするのは。
是非とも気のせいだったことにしておきたい啓太である―――――。
ところで。
今夜着るパジャマがないことに啓太が気付くのは夜になってからのこと。
おりしも明日は日曜日。
そんな時刻に七条の部屋にある新品パジャマを取りに行けば、パジャマを渡されるだけで済む筈もなく、寧ろパジャマなんか必要なくなる状況に陥るのは目に見えている訳で。
どこまでが七条の計算通りなのか、それは・・・・・ナイショです(フフ)
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