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「さて、今日はどれにしましょうか」
「そうですね、ええと・・・昨日は確か・・・」
 つつつと幾つも並んだ缶のラベルを指先で辿りながら、啓太が考えながら呟くと。
 後ろから覆い被さるように手を伸ばした七条が、棚から、クラシカルなラベルの黒い紅茶缶を手に取った。
「昨日はこれですね、マルコポーロ」
 伊藤くんのお気に入りでしょう? と笑みを投げかける。
 間近から肩越しにその優しい表情を見上げた啓太は、くすぐったい心地で頷き返す。
 好きな人のことを知るのは勿論嬉しいことだけれど。
 好きな人に自分のことを知って、覚えてもらうのも、とても嬉しいのだということを。
 この人と、そういう意味で一緒にいるようになってから覚えた。
 いつだって啓太をとろとろに甘やかして止まない優しい恋人が教えてくれたことは他にもたくさんあって。
 例えば紅茶の葉っぱにしたって、こんなにたくさんの種類があるなんてことを啓太はまるで知らなかった。
 味や香り、葉っぱの種類の違いを実際に舌で、香りで、味わって確かめる。テイスティングというらしいそれを、教えてくれたのも七条だ。
「お菓子はビスコッティでしたよね。だったら・・・今日はこれがいいです」
「フレンチブルーですね、分かりました。少し濃い目に入れて、ミルクティーにしましょうか」
 啓太の答えに同意するよう、にこりと笑んで。
 先ほど取り出した缶を棚に戻してから、その隣に並んでいた同じ形のそれを手に取る。
 啓太がいつも、なかなか開けられなくて四苦八苦するマリアージュフレールの紅茶缶。
 七条の器用な指先が、かぽりと苦もなくそれをあけてしまうのを、思わずのように眉を寄せて凝視していると。
 その眼差しに気付いたらしい七条が、フフと楽しそうに目を細める。
「コツが、あるんですよ」
「コツですか・・・」
「そう、コツです」
 言葉で説明するのは難しいですね、とやんわり笑う。
 ベルガモットの、甘酸っぱい香りの茶葉をティースプーンでポットに2杯。
 そうして高い位置からお湯を注ぐと、ガラスのポットの中でくるくると茶葉が踊る。
 口に出して云ってみたことはないけれど、その光景はなんだか魔法みたいだと、啓太はいつも思う。
 七条の淹れる紅茶がいつもとても美味しいのも。
 その動作を見ているだけで、啓太がこんなにもどきどきとしてしまうのも。
 なにかの魔法をかけられているせいなんじゃないかな、と。

「さあ、あとは3分間待つだけです」

 そう云って、ケトルを置いた七条の手が、ことりと砂時計を逆さにすると。
 それが合図のように、とくんと啓太の胸が高鳴って。

「啓太くん」

 ゆっくりと、意味を含んで向けられる笑みに、きゅうっと胸が締め付けられる。
 差し伸ばされた指先に、そうっと自分から頬を寄せたら。
 ぬくもりが触れて、輪郭を辿るように優しく撫でられた。
 心地よくて、ついうっとりと目が細くなる。
 少しだけ、ネコの気持ちが分かるかなと、思う。

「可愛いですね・・・」

 耳朶をくすぐる、笑みを含んだ甘い囁きに。
 啓太はゆっくり瞬いて、大好きな大好きな顔を見上げた。
 アメジストの瞳はいつも本当にキレイで、いつもとても不思議で。
 吸い込まれるようなとろんとした心地で、いつだって啓太は見入ってしまう。

「キスの、おねだりをする顔になっていますよ?」

 目線を合わせた状態で、くすりと七条が笑うと。
 ますますその瞳の色が深く優しくなったようで、啓太の頬が熱くなる。
 だって・・・欲しいから。
 いつだってキスも、瞳も、その声も。
 全部独り占めできたらいいのにって・・・思うから。

「僕が、欲しいですか?」
「・・・・・」

 眼差しを合わせたまま、啓太の想っていたままを訊ねる七条に、こくりと小さく頷いてみせるけれど。
 それだけでは許してもらえなくて。

「啓太くん?」

 促すように、名前を呼ばれる。
 言葉にして、ちゃんと想いを伝えることの大切さも。
 啓太が七条から教えられた、大事なことのひとつだ。

「・・・ほしい・・・ほしいです・・・俺、七条さんが・・・」

 ほしい、と。囁く吐息で幾度も告げて。
 いっぱいに手を伸ばして、伸び上がって七条の首にしがみつく。
 そうして言葉にした想いは、声にする側から啓太の胸にも返ってきて。
 いつだって啓太をたまらない気持ちにさせるから。
 啓太の中でどんどん大きく育っていく想いを、どうして伝えたらよいのか分からなくて、戸惑う。

「ありがとう。きみが、僕を欲しいと想ってくれるのはとても嬉しい」

 もどかしさにむずかるような啓太を七条の腕がやんわりと抱き止めて。
 その背に回した掌で、宥めるようにゆったりと啓太を愛撫する。

「大好きですよ、啓太くん」

 熱い耳朶に唇が触れて、とろけるように甘い囁き。
 それだけで、ひくりと息を詰めてしまう物慣れない啓太の、頬を、瞼を、鼻先を。
 あやすように煽るように、七条の唇が辿る。

「愛しています」
「・・・俺もです、臣さん・・・」

 ふれるキス。

 ついばむキス。

 もとめるキス。

 さらさらと。
 砂が落ちきるまで、あと1分。

 深くなるくちづけと。
 傍らで忘れ去られた風の、砂時計。





なにやら最終的に冷めた上にシャレにならんくらい濃くなって
「アイスミルクティーにして飲みましょう」
とかいうことになりそうな気配もありつつ。
まあ、運動の後には冷たい飲み物がおいし(ケフケフ)

というかこの話、会計室での話のつもりで書いたのですけど、
寮のどちらかの部屋といえばそんな感じもしますね。
曖昧なのも楽しいかなと思ってこのままでゴーです。
読まれている最中、どこでのシーンと思い浮かべられましたか??