sweet nothings肌触りの良い毛布をかき分けて、もぞもぞと起きだしたベットの上。 ぽんやりと半寝ボケ状態の啓太は、ええとここはどこだっけと、回らない思考をくるくると空回りさせながら瞬く。 淡いグリーンを基調とした部屋は、間取りこそ啓太の部屋と近いけれど、雰囲気はまったく違っていて。 風に静かになびくカーテンの隙間からは白っぽい朝の陽がこぼれ、フローリングに敷かれたカーペットの上にふわふわと影を躍らせている。 認識が追いつかないまま巡らせた視線の先、幾つも並ぶ、無機的なモノトーンの四角い箱。 ただの箱じゃなくてこれはええと・・・と、ようやくかちりと思考のスイッチがオンになって。 なにかが閃きそうになった、ちょうどそのとき。 「おはようございます、伊藤くん」 視線を向けていたのとは違う方向から声を掛けられた。 つむじ辺りを寝癖で跳ねさせながら、啓太がゆっくりとそちらに顔を振り向かせると。 そこには穏やかな、いつも通りの優しい笑みをした七条が立っていて。 「ちゃんと目を覚ましてくれてよかった・・・昨夜、僕の胸の下で可愛らしく泣いていたきみが唐突に、糸が切れたように意識を失ってしまったときには」 このまま目を覚まさなかったらどうしようかと本当に心配していたんですよ? と。 スリッパの音を静かに響かせながら啓太のもとへと歩み寄る七条が、テレもせずに、いつも通りの穏やかな笑顔のまま云うものだから。 「・・・・・?」 さくやぼくのむねのしたでかわいらしくないてい・・・ないて・・・・・・・・・・泣い・・・。 「・・・・・っ」 とっさには分からなかった言葉の意味を理解するやいなや。 ようやく活動を始めたばかりのおぼつかない啓太の思考回路は、あっさりと処理能力の限界を超えてしまって。 ぽすんとあっけなくショートする。 行為の経験はまだ片手に収まる程度の回数で。 相手は勿論、今目の前に立っている七条臣、唯一人だけ。 内容が濃いか薄いかと云えばおそらくとてつもなく濃くて、幸か不幸かバリエーションに富んだ楽しみ方というか楽しまれ方をされている啓太ではあるけれど、まだ物慣れない初心者であることに変わりはなく。 真新しい朝の光の中で、昨夜の濃厚なあれこれをなだれのようにフラッシュバックしてしまった啓太は、ぼぼぼっと火がつきそうな勢いでつむじまで一気に赤くなる。 「し・・・っ、しし、し、七条さんあの俺っ、ええと・・・っ」 啓太の脳内で起こったそのあわただしい一部始終が、おそらく手に取るように分かってしまう七条が。 フフと微笑ましげに見守る目の前で。 「か・・・顔っ! 俺、顔洗ってきます!」 不自然を自覚しながら唐突に喚いた啓太は、とりあえず二人きりのこの場から逃げ出そうと、転げるようにベットから降りようとした。 次の瞬間。 「・・・・・っ、・・・えっ?!」 「危ないっ、伊藤くん!」 転げるように、では済まずに。 啓太の身体が、ずざざと本当にベットからずり落ちた。 「わ、あっ!」 驚きのままに声を上げて。 どうして足腰にちっとも力が入らないのか、自分の身になにが起こったのかが分からずに、啓太は混乱したまま、なす術なくカーペットの上に突っ伏した。 「伊藤くん、だいじょうぶですか? どこか痛むところは?」 直ぐ傍に片膝をついた七条が、啓太の身体をやんわりと腕の中に抱き寄せる。 逃げ出すつもりが急接近。 啓太は目を見張って、赤くした頬を更に熱くする。 「だ、大丈夫です。ちょっと驚いただけで、どこも・・・あの、俺・・・」 どうしちゃったんでしょうかと、まだ困惑から立ち直れずにいる啓太の様子に。 怪我らしい怪我がどこにもないことを見て取った七条が、くすりと表情を和ませる。 「本当に・・・きみからは目が離せません」 安堵を滲ませたアメジストの瞳を、またとろりと甘くして。 なだめるように啓太の前髪を梳き上げながら。 「身体に力が入らないのでしょう。昨日は少し、無理をさせてしまいましたから」 「・・・・・ぁ、・・ぇ、ええと・・・」 「洗面所にいきますか?」 でしたらこのまま抱いていきますけれどと、恋人の甘さをなみなみとたたえた眼差しが告げる。 「あ・・・いえ、いいです。あの。あとでに、します」 「そうですか、ではこちらに・・・」 云いながら、あまりにも自然なことのように抱き上げられた啓太は、慣れた所作でベットへと戻される。 けれどもこうして頬にあたるパジャマ越しのぬくもりは、啓太にはまだ慣れることが出来ない特別なもので。 こんなにも近い距離で触れ合っているのだと意識してしまえば止めようもなく、とくとくとくと心臓が騒ぎ出す。 熱くほてる頬を気付かれないようにと、啓太は慌てて七条の胸に顔を埋めた。 すると。 「・・・・・?」 伝わってきたのは、啓太と同じように、いつもより少し早い鼓動。 あ・・・。 少し驚いて、確かめるように思わず顔を上げると。 甘く微笑んだ七条と、眼差しがやんわり絡まって。 「きみだけじゃありません。僕も、いつだってこんな風にどきどきしているんですよ」 「七条さん・・・」 いつだって余裕があって。 さり気ない言葉ひとつで啓太を困らせたり、嬉しい気持ちにさせてくれたり。 たまらないくらいどきどきさせたり。 「こうしてきみに触れていれば、当たり前のことです」 簡単にしてしまうのだと思っていたこの人が・・・啓太と同じように、たまらない気持ちで鼓動を騒がせているのだということ。 そうして、たまらない気持ちにさせているのが、間違いなく啓太なのだということ。 そのことがくすぐったくて、なんだかとても嬉しい。 「だって僕は・・・」 耳許に囁いて。 幸せな笑みを含んだ吐息が、啓太の耳朶をくすぐる。 「君のことを、心から愛しているんですから」 無防備な啓太の頬に、笑みの形のキスが触れる。 くすぐったさに目を細める啓太の顔を、近い距離から覗き込むようにして。 とろけそうな笑みをますます甘く、深くして。 もう一度。なにかの誓いのように、今度は唇に落ちたキスが。 もう限界と思っていた啓太の鼓動を、また少しだけ速くした。 |