As You Like It ver.Sorcerer南向きの窓から斜めに差し込むのは、秋口特有の優しい午後の日差し。 ポットから注がれた紅茶からふわふわと立ちのぼるのは、温かくて優しい香りのする湯気。 リチャードジノリの真っ白な皿に取り分けられたケーキは、鮮やかな紫色のモンブラン。 淡いグリーンで統一された、寮の七条の部屋。 ソファセットのテーブルを前に、幸せな心地で隣合って腰を下ろして。 ナイショのイタズラの相談をするように眼差しを合わせて。 笑みになった二人は、いただきます、と揃ってフォークを手に取った。 「でも七条さん、ここのケーキ、雑誌で紹介されてからはなかなか買えないって云ってましたよね?」 「ええ。先に電話で取り起きのお願いをしておいたんです」 「へえ・・・そんなことができるんですね」 説明をしてくれる七条に、啓太は感心した様子でこくこくと頷いてみせる。 だって、ケーキ屋にお気に入りのケーキの取り置きの電話を入れておくなんて。 七条にはごく些細な日常なのかもしれないけれど、啓太にとってはなんだか少し特別に思える出来事だから。 けれどもその逆に、啓太にとっては当たり前のことが、七条には初めて接する驚きの初体験なこともある訳で。 だからこそ、こうして二人でいることに意味があるのかなと感じるにつけ。 少しだけ自信を持っていいような気がして、啓太の胸のうちは、ほこほこと温かくなる。 クリームがたっぷりと乗ったフォークを見下ろす目許をとろけさせて、啓太は見ている方が幸せになってしまうような表情でもって、あーぐとケーキを頬張った。 「美味しいですか?」 「はいっ、すごく!」 「それはよかった」 向けられる優しい眼差しに嬉しく少し照れくさくなってしまいながら、啓太はまた一口、フォークにケーキを差して、ゆっくりとそれを口に入れる。 と。 「喜んでもらえて嬉しいですよ、ハニー」 「―――――っ!!」 口の中のケーキを吹き出すことだけは、どうにかこうにか堪えたけれど。 啓太は外に出せなかった驚きの分だけ涙目になって、恨めしげな眼差しを思わずのように七条に向ける。 「驚かせてしまいましたか?」 言葉と一緒に、くすりと笑みを返されて。 慌ててむぐむぐと口の中のケーキを噛んで飲み込もうとしながら啓太は、こくこくと幾度も頷いてみせる。 だって、その呼び方は、いつも優しくて懐こい大型犬のような金髪のテニス部部長の専売特許であるはずなのに。 七条の声で、しかもネイティヴな発音でさらりと呼びかけられたのだから。 驚くなと云うほうが無理な話で。 「すみません。でも、云ってみたかったんです」 「は、はあ・・・」 驚きが抜けないまま、どこかぽんやりと頷く啓太に。 フフと愛おしげに笑いかけた七条が。 「今まではあまりこういう機会に恵まれなかったので、僕自身知らずにいたことなんですが」 そうっと伸ばした指先で、僅かに濡れた啓太の目許をなぞる。 その、触れるか触れないかの繊細な感触がとても心地よくて。 とろりと瞼をつむったら。 「僕はとても、独占欲が強いみたいなんです」 低めた声が、そろりと。 まるで秘密を教えるように、告げて。 まなじりにたどり着いた指先がするすると優しい動きをして、頬のラインをすべる。 「それにきみに関してはとても、臆病にもなる・・・」 フフと、なぜだか楽しげに笑う吐息が頬に触れて。 次いで、優しく瞼に触れたキスは。 けれども本当に一瞬で離れてしまったから。 寂しいと感じた啓太は、感じたまま、僅かにせつなげに眉をしかめる。 「ねえ、啓太くん」 啓太の気持ちに気付いたように、優しく名前を呼ぶ声に。 促されて、ゆっくりと瞬いて。 啓太はとても近く見付けたアメジストを、とろりと見つめた。 すると、そのくちびるに。 するりと、指先が触れて。 「きみの声で、聴かせてくれますか?」 ほてった耳朶に注がれるささやきは。 優しく、ねだるようだけれど。 「僕は誰のもので」 与えられて、本当に甘やかされているのは。 いつだって・・・。 「きみは、誰のものですか・・・?」 外せない眼差しも、制御できない鼓動も、肌の熱さも。 感じて、触れて、知られてしまうこんな状態では。 答えなんてとっくに。 言葉以外のすべてで伝わっているはずだけれど。 それでも。 「っ、俺は・・・」 啓太は、こくんと小さく息をのんで。 伸び上がって、くちびるで触れた七条の耳許に。 そっとそっと、大切な言葉をささやいた。 |