happy birthday!お誕生日おめでとう、伊藤くん。 君の生まれた特別な日を一緒にお祝いできて、とても嬉しいですよ。 軽く指先を絡めて引き寄せた手の甲にちゅっとキスをして、唇を触れさせたまま目線だけを上げてまっすぐに向けられる甘い眼差しに。 啓太は耳どころかつむじまで赤くして、こくんと息をつめる。 おはようございます今日もいい天気ですねと云うのと同じくらい自然に、恋人特有の甘い言葉を恋人特有の甘い所作と一緒に渡す七条がいつものことならば、さらりと渡されるそれをすんなりと受け止められずにおろおろとうろたえてしまう啓太もまたいつも通り。 付き合い始めてから、いや、もっと云えば出会った当初から変わることのない啓太のその物慣れない様子に、変わらない想いとその幸いに。 七条はじんわりとまた胸のうちにこみ上げる想いをどうにもできなくなって、衝動のままにもう一度、手の中の柔らかな肌に唇を押し当てた。 「・・・・・っ」 見ていなくても手に取るように分かってしまう、うろたえて動揺を深める啓太の気配を頭上に感じて。 緩んでしまいそうになる目許と口許とをどうにか普段通りの笑みの形に戻してから、七条はゆっくりと顔を上げる。 「プレゼントを用意してあるのですが、受け取ってくれますか?」 「し、七条さん、でも俺、誕生日じゃなくてもいつももらってばっかりですし・・・あのっ」 いつもこうして丸め込まれてしまうから、それではいけないと啓太も負けずに云い募ろうとするけれど。 その口許に、すっと長い人差し指が押し当てられて。 「啓太くん、僕たちが恋人同士になって初めてのバースディプレゼントですから。僕を甘やかすと思って、受け取ってください」 ねだる口調で「ね」と小さく首を傾げて見せる七条に、結局啓太はもう少しだけ迷ってから、ようやくこくんと小さく頷くことになる。 嬉しいですよと笑みを深める七条が、そうして制服の内ポケットから取り出したのは・・・シルバーメタリックの携帯電話。 「わあ・・・最新機種だ!」 本当にいいんですかと目を丸くする啓太に勿論ですよと頷いて、七条は、差し出された啓太の両手の上にすとんとその携帯電話を渡した。 数日前、七条の部屋で一緒にカタログを眺めながら。 デザインも機能もこれが一番よさそうだけれど、最新機種はやっぱり高いですよねと話したばかりの型だ。 転校してきて早々のバス事故で携帯電話をなくしてしまって以来、差し迫った必要性がなかったものだから、後回し後回しにしていたのだけれど。 なければないで不便だし、そこに「恋人からのプレゼント」なんていうオプションがついていれば、嬉しく思わないはずがない。 「ありがとうございます、七条さん。俺、大事にしますね」 啓太はほくほくと嬉しそうな笑みで、手の中の携帯を大切そうにきゅっと握り締めた。 「気に入ってもらえて嬉しいです。僕とお揃いなんですよ」 ほら、ね、と軽く掲げて見せる七条の手許には、確かに啓太と同機種の携帯がある。 ストラップには青い・・・ラピスラズリの小さな守り石。 啓太の携帯にはお揃いのストラップと、アメジストの守り石。 「ほんとだ! 色も・・・ぁ、ストラップも・・・」 「ええ。離れていても、いつでも一緒です」 そう告げる七条がまっすぐに啓太を見詰めたまま、啓太の瞳と同じ色をした守り石にちゅっとキスをする。 まるで自分にキスをされたみたいな気持ちになって、啓太はとくんと胸を高鳴らせた。 「七条さん・・・」 「短縮の0番に僕の番号を入れてありますから」 「はい、俺、七条さんの番号を教えてくださいって、今ちょうど云おうと思・・・」 云いながらかぽりと携帯を開いた瞬間。 「―――――っ?!」 現れた液晶の画面に、啓太は零れ落ちんばかりに目を瞠った。 「し、しち・・・・っ、し・・・っ」 手の中の携帯を取り落とさなかっただけでも褒めて欲しい。 ぐるぐると目を回しそうになりながら、それでも確認するだけはしておかないとと啓太は慌てて七条を振り仰ぐ。 「ぃ・・・・ぃ、いいいいつっ、撮ったんですかこれ・・・っ」 これっ、と声を裏返らせながら七条に向けて見せた液晶には。 二人きりでいるときにしか見ることのない甘ったるい笑みを浮かべた七条と、その七条を甘えるようにうっとりと見上げるこれまた二人きりのときにしかあり得ない表情をした啓太とが、手を取り合って見詰め合って映っている。 しかも、フフフと至福の笑みを浮かべるばかりの七条から答えが返ってこない間に、ぽちぽちと設定画面を弄っていて気が付いてしまった。 か、壁紙の変更っ、できないし! 「ああ、それから」 そういえばと云い足す風な七条の声に、啓太は勢いよく顔を上げる。 ま、まだなにかあるんですかっ?! 啓太のあからさまな動揺に気付いていないはずもなかろうに。 どこ吹く風でいつも通りの穏やかな表情で七条は、小さないたずらを告白するような調子でフフと小首を傾げてみせる。 「平日の朝の7時には、目覚ましがセットしてありますから」 「っ!!」 七条とお揃いの最新機種の携帯電話。 色違いのストラップがついていて、短縮0番には七条の携帯番号が登録されていて、壁紙にはいつ撮ったのだかも分からない恋人モード全開の甘ったるい画像が設定(しかも変更は不可だ)されている携帯の、毎朝のアラームの音が普通の電子音であるとはどうしても思えない。いや、そもそもアラームの音が鳴るだけとも限らない。 「し、七条さんあの・・・っ」 毎朝7時に一体なにが起こるのか是非とも確かめておかなければならない気持ちになった啓太が、途方に暮れながら顔を上げると、驚くほど近い距離に七条の顔があって。 思わず言葉を飲んで目を瞠っているその隙に、唇に、ちゅっとついばむキスが落ちる。 「・・・ナイショです」 先回りをした言葉と一緒に渡されてしまった心底幸せそうなフフフという含み笑いに、それ以上の問いはすっかり封じられてしまって。 そこからはもう、誕生日だし啓太の部屋に二人きりだし、いつの間にか七条の背中には小さな黒い羽根が羽ばたいているし先の尖った黒い尻尾がふりふりと嬉しげに揺れているしで。 訊ねたかった疑問ごと、とろとろに融かされてしまうのはほんの一瞬こと・・・。 そうして。 一晩寝れば不安を忘れるタイプの啓太が、アラームのことなんかすっかりすっきり忘れ去ってすやすやと安眠をむさぼって。 案の定、ベッドから転げ落ちるはめに陥るのは。 早速翌朝7時ちょうどの話と、なる。 |