sweetなにかと慌しかったMVP戦を優勝で終えたその日その夜。 呼び出された屋上で、君のことが好きなんですと告白をされて。 なんだかいっぺんにいろいろな垣根を軽々と飛び越えて来られて、気が付けばずいぶんと近いところに立って当たり前のようににこりと笑んでいる相手に。 驚いて、戸惑って、なにがなんだか分からなくなってしまっているところに。 本当に本当に大好きなんです、と。 今まで見たことがないような、なんだかどきどきするような笑みのまま畳み掛けられて。 それでもそのびっくりする告白と一緒についてきたキスや、それ以上のこと、は・・・・・とても、とても驚いたけれど、嫌だと思う気持ちが少しもなかったから。 初めて知ることだらけの行為にだって勿論驚いたけれど、そんな風に感じている自分の気持ちにも、もっとずっとびっくりした。 そのあとの毎日は、あの夜から一転。ぬくぬくととてもゆるやかで穏やかで。 1日1日をゆっくり一緒に過ごすうち、徐々に形をなして、こういうことだったんだとようやく考えが追い付いて気が付きはじめた優しい気持ちは。 大切に大切に温めてくれる恋人と一緒に、今もゆっくりと、育んでいる真っ最中――――・・・・ いつものように会計部の仕事を手伝った帰り道、よかったらお茶でもいかがですかと誘われて。 勿論です喜んでと、嬉しい気持ちのままに頷いて、並んで歩いてたどり着いた寮の七条の部屋。 二人きりになることにはまだ慣れることができなくて、少し緊張してしまうのも本当で。 扉をくぐると七条の気配があちこちから感じられるこの部屋に入るたび、啓太はいつもこっそりと、どきどきと鼓動を速くする。 「少し待っていてください。今、紅茶を淹れますから」 「はい」 ソファ代わりのベッドの端に腰を下ろした啓太に、恋人の甘い笑みで優しく告げる七条を。 啓太はくすぐったい気持ちで見返して、こくんとひとつ頷いた。 その、ほのかに上気した啓太の顔をじっと見下ろして、七条が動きを止める。 「?」 何を云うでもなく向けられたままの七条の眼差しに、啓太は不思議そうに瞬いて。 どうしたんですか? と問おうとしたその一瞬先に。 屈み込んだ七条が、無防備なその唇に、ちゅっと小さなキスを落とす。 「っ!?」 驚いて眼を瞠る啓太の顔を、なんだかとてもとても幸せそうな満ち足りた笑みで見返して。 「待っていてください」 「は・・・・はい」 キスの理由を説明してくれるでもなく、七条はゆっくりときびすを返して簡易キッチンのほうへ。 啓太はといえば、重ねて言い置かれた言葉にどうにか頷いてはみせたけれど。 忙しく跳ね上がってしまった心臓は、壊れそうな勢いでどきどきと早鐘のように鳴っている。 ど、どうして急に、キス・・・っ。 目を瞑る間もなく唐突に近くなった紫の瞳と整った顔とを思い出すにつけ、ますます顔が熱くなってしまってとても困るのだけれど。 それでも、ふわふわと浮き立つような、それでいてぎゅっと胸が締め付けられるようなこの感じは、どう考えても、嬉しかったり幸せだったりするときの症状で。 そういえば数日前に七条が「恋人なのですから、いつだって触れていたいと思うのは当たり前ですよ」と云っていた。 学校からの帰り道に、「手を繋ぎましょうか」と差し出された七条の右手を、恥ずかしくてなかなか取れなかったときのことだ。 結局「僕たちの他には誰もいませんから、大丈夫です。ね?」と優しく押し切られて、手を繋いで帰ってきてしまったのだけれど。 恥ずかしい気持ちは寮に着くまでなくならなくて、それでもふわふわと幸せな気持ちは、自分の部屋に戻ってからもずっと続いていた。 その想いは、思い出そうとすればすぐに胸に戻って来て、啓太をとても幸せにしてくれる。 あの時も、七条が小脇に抱えていたノートパソコン。 今は目の前のテーブルの上に置かれているそれをぽんやりと映しながら、啓太はゆっくりとひとつ瞬く。 一緒にいる間は翻弄されっぱなしだし、こうして離れているときでも、考えてしまうのは恋人のことばかり。 それが七条にとってはまったくの思うつぼだという事には気付かずに、啓太はあれこれと忙しく悩ましい。 俺だって、七条さんと一緒にいたいとかは思うけど。 でも、キスは・・・いくらなんでもいつも唐突過ぎないかな? それに回数だって、ちょっと多すぎるような気がするし。 七条さんはアメリカで暮らしてたって云ってたから、あっちの習慣が残ってるのかな? まったくの的外れという訳ではないけれど、当たりとも云い難い方向性。 一番大きな原因はおそらく、奔放なアメリカ暮らしの経験があることでも、恋多きフランス人の血が混ざっていることでもなく、恋人が七条臣だという事実。 「お待たせしました」 戻ってきて声を掛けた七条に、啓太が飛び上がるようにして勢いよく顔を上げる。 そのまま、見つめていることを七条に気付かれているとか気付かれていないとか、そもそも自分が七条のことを見つめている自覚があるのかどうかさえ怪しい様子で、テーブルにティーセットを並べている七条の姿を、穴が開くほどじっと見つめているものだから。 分かりやすく熱っぽく向けられる啓太の視線にも気持ちにもしっかりと気付いている七条は、手許を見たまま、視線を上げないままでくすりと笑って啓太に訊ねる。 「そんなにびっくりしましたか?」 「し、しました」 紅茶を淹れ終わった七条は啓太の隣に腰を下ろした。 そうしてこくこくと頷いている赤い顔を見返して、フフ、とまた笑みを深くする。 「・・・・・っ」 こんな風に容赦なく甘ったるい眼差しでじっと見られると、恥ずかしくて、照れくさくて、視線が泳ぎそうになってとても困るのだけれど。 話をしている途中だから、頑張って堪えてどうにか見返すアメジストは、ただ甘いだけではなくてどこか悪戯っぽく輝いている。 「可愛いですねえ」 「・・・・・」 「だからですよ」 「???」 だからと云われても。 どの辺がどう答えになっているのか分からずに、混乱を深める啓太の目許に、軽く身をかがめた七条はもうひとつキスを。 きょとんと瞬く瞳を覗いたまま、そのまま近い距離のまま。 「大好きですよ、伊藤くん」 囁く低めた声音に、啓太の頬はますます熱くなる。 それでも無意識なのか努力の成果なのか、彼特有の人の好さと律儀さからきていることなのか、啓太は想いを渡されるばかりではなくて、いつも自分の気持ちをしっかりと七条に返してくれる。 「あの、俺も・・・俺も七条さんのことが好き、です」 告げた後にはこうして、恥ずかしそうに俯いてしまうのだけれど。 その物慣れない仕草からは、本当に大切なものを渡されているのだということがとてもとても伝わってきてしまうから。 胸のうちで嵩を増す愛しさに、七条の笑みはますます深くなる。 こんなにも満ち足りているのに、いつだってこんなにも飢えている。 だから触れずにいられないのだと、とても単純な理論なのに。 それなのに衝動の根源である当人にその自覚はなく、理解もできずにいるらしい。 この無防備さはそのまま啓太の魅力でもあるから、このままであって欲しいと思う気持ちは勿論あるけれど、自分こそが変えてしまいたいという欲求も確かにあって。 恋心というのは本当に、複雑だ。 「ありがとう。ですが・・・」 そうして七条は、与えられるばかりを良しとしない、律儀な恋人の質を知りながら。 「きっと僕のほうが、君よりも多く君のことを想っていると思いますよ」 ほら、こんなにも、と。 また啓太を惑わす唐突なことを云って、柔らかな頬にキスを落とせば。 瞬間、きゅっと目を瞑ってしまった啓太は次には慌てて瞬いて、まっすぐに七条の顔を見上げて、負けじと答えを返してくる。 「そ、そんなこと、ないです。きっと俺のほうが余計に」 「いいえ、僕です」 「そんなことありません」 「ありますよ、僕です」 「違います! 俺です!」 「そうですか?」 「そうですよっ!」 もはや何の話をしているのか、なにに対してこんなにムキになっているのか分からなくなっていてもおかしくない風の啓太から、まんまと望む言葉を引き出して。 にこりと笑んだ七条は、啓太の唇にそうっと人差し指を押し当てた。 「では、きみの想いを見せてくれますか?」 「・・・・ぇ」 啓太にとっては思いもよらなかったのだろう展開に、「え」の形でぴしりと固まってしまったその唇を。 するすると指先がくすぐるように辿って。 「僕がきみを想う以上に、僕を想ってくれる、きみの想いを」 ね? と他愛のないおねだりをする口調で小首を傾げる七条に、啓太はこくんと息を呑む。 なにかまた、いつの間にか騙されてないかなと頭の隅っこで思うけれども。 とろりと誘う色を帯びたこの瞳の前ではもう、抗ってみせたところで抗いきるには啓太の経験値はあまりにも少なすぎる。 それに・・・想う気持ちが負けていないと思うのは、本当のことだから。 大切に大切に想う恋人が、それを見せて欲しいと望んでいるのならば・・・と。 啓太は七条の瞳をじっと見つめてから、そうっと顔を近づけて、瞼を閉じて。 「・・・・・・・、・・っ」 吐息が触れそうな距離にあった唇が、そっと、重なる。 意を決するような気配と同時に、思い切ったように唇がぎゅっと押し付けられて。 少し迷うようなほのかな間のあとで、小さな舌先が、仔猫のようにちらりと七条の上唇を舐める。 触れ合うくすぐったさと、胸にうちに沸いたこそばゆさと。そうして確かな官能と。 「・・・・っ、・・・ん・・」 されるままキスを受ける七条の唇を、可愛らしく蹂躙したくちづけは。 もう一度優しく、柔らかなぬくもり同士を重ねてから、そろそろと離れていってしまう。 少しのもどかしさと、たっぷりの甘さとを残して。 少しも物慣れず、けれどもなによりもなによりも、幸せなキス。 「・・・・・、七条、さん・・」 ちゃんと、伝わりましたか? と。 問うように、伺うように向けられるその魅力的な眼差しと。 受け止めきれないほどのたっぷりと渡されたその想いとに。 もうこれ以上はいくらなんでもないだろうと思っていた以上の幸せを、また与えられて、教えられて。 「ええ、啓太くん・・・」 とろけてしまいそうな幸せをもらってしまったからには。 今度は僕が君を幸せにしなければ、ね、と・・・。 七条は、啓太以外にはちょっと決して見せられないような笑みに崩れながら。 まずは伸ばした腕の中に、愛しい恋人の躰をぎゅっと抱きしめた。 |