眼鏡といえば?もしかしてここにいるかなと、あたりをつけてやってきた土曜日の午後の図書館。 目指すのは部屋の一番奥の、いつも決まってノートパソコンを開いている、窓際の席。 他に人気もない閲覧室を抜けて、背の高い本棚の間を通って。 明るくひらけた視界の向こうに啓太は、背筋をすっと伸ばして今日も今日とて液晶の画面と向き合っている七条の姿を見つけた。 やっぱり、と。行動を読めたことが少し嬉しくなる。 七条には、出会った当初から啓太の考えていることとか、次に起こす行動だとかをものすごく簡単に云い当てられてしまっていたけれど、逆はほとんどできたためしがなくて。啓太はいつだって驚かされるばっかりで。 だからこんな風に七条の行動パターンが分かるようになったのは、ふたりの距離が縮まったせいかななんて。 そんな風に考えてほくほくと幸せな気持ちになる啓太の気配に気が付いたのか、滑らかにキーボードを叩いていた指が止まる。 そうしてゆっくりと、七条は後ろを振り返った。 すると。 「あれ・・・」 向けられたその面に意表を突かれて。 啓太はきょとんと、目を丸くする。 「こんにちは伊藤くん、どうしました?」 対する七条はと云えば、いつも通りの穏やかな笑みで首を傾げて見せているのだけれど。 その顔の、すっと通った鼻筋の上には見慣れないものが乗っかっている。 それ自体が見慣れないという訳では決してなく、ただ、七条とそれの組み合わせというのがとても意外で。珍しくて。 「いえ、あの・・・七条さんが眼鏡・・・」 掛けてるところ、初めて見ました。と。 驚いたような、少し不思議そうな顔をして眼鏡から視線が外せない様子の啓太に。 七条は眼鏡のサイドフレームに軽く指を添えて、少しだけ位置を直すようにしながら。 「ええ。不自由をするほどではないので、ごくたまに、ね」 掛けるんですよ、と笑う。 「そう、なんですか・・・」 云って、納得した風にこくんと浅く頷くものの相変わらず眼鏡に釘付けの啓太に、七条はおかしそうにくすりと笑んだ。 「似合いませんか?」 「そ、そんなことないです!」 「本当に?」 「はい、本当に! すごく似合ってます!」 啓太は言葉の勢いと同様に、こくこくと幾度も頷いた。 誤魔化すつもりとかではなくて本当に、ふちのないツーポイントの眼鏡は七条の顔にすっきりと良く似合っていて、なんだかますます頭がよさそうに見える。 それに見慣れないせいか、とても新鮮でかっこよく映って・・・どきどきするのだけれど。 でも・・・。 眼鏡って云ったら、やっぱり中嶋さんのイメージが・・・。 あるんだよな、と。 違和感の原因になんとなく行き着いたところで。 「伊藤くん?」 優しい声に呼びかけられて、ぽんやりと七条の顔を眺めながら考えに没頭していた啓太ははたと我に返った。 そうして慌てて改めて七条の目を見返すと、向けられているのはにっこりと深い・・・それでいて少々やばいと感じる、掴めない笑顔。 啓太はぎょっとして思わず目を瞠る。 「・・・っ、あ、の」 「今、なにを考えていました?」 「ぅ・・・・・ぃ、いえあのっ」 こんな状態の七条に、天敵の名前をさっくり告げるのは危険すぎることくらい、いくらなんでも啓太にだって分かる。 だからゆっくりと椅子から立ち上がって啓太のほうへと近づいてくる七条の顔を、だりだり冷や汗を流しながら見上げていることしかできずにいると。 「僕にはナイショですか?」 「そ、そういう訳じゃない、ですけど・・・っ」 「じゃあ教えて? なにを考えていたんですか?」 「――――――・・・・っ!!!」 するりと頬を寄せられて、耳許で囁やかれた艶めく低い声音に。 ぞくぞくと背筋を震わせて、たまらず啓太はぎゅっと目を瞑る。 こんなんじゃますます。ますますどうしたって。 い、云える訳ないし―――っ!!! 出会い頭から絶体絶命。 場所をはばかって心の声で絶叫した啓太の気遣いが、いつまで保っていられるかは。 フフと楽しそうに笑んで啓太を腕の中に捕まえた、目の前のヤキモチ妬きの悪魔次第。らしい。 しばらくはこのまま、眼鏡を掛けたままで生活をしてみましょうか。 きみが眼鏡を見たら、真っ先に僕のことを思い出してくれるようになるまで。 この姿のまま、印象的な思い出を。 たくさんたくさん、作りましょう。 ね、伊藤くん? |