伊藤くん不足最近、七条さんとあんまり話ししてないや・・・。 寮の自室の窓越しに、夕焼け色の空を眺めて。 啓太は机に頬杖をつきながら、ここのこところ、ほんの少しの暇さえあればどうしても考えてしまうことを、半ば無意識のようにまた考える。 学期末。 会計の仕事がとても忙しいらしい七条は、珍しくも寮の部屋にまで仕事を持ち帰ってきているらしい。 「早く仕事を終わらせて、君と二人きりで過ごす時間を取り戻したいですからね」 穏やかな笑みでそう云って、日々作業をこなしている恋人のことを思えば、「少しだけでも会えないですか?」なんて駄々のようなことを云う訳にもいかなくて。 さりとて扱うデータの機密上の関係で、啓太には仕事を手伝うこともできないらしい。 同じ理由で学生会の仕事を手伝うこともできずに、相変わらず部活に入っているわけでもない啓太は、仕方がないので授業が終わるなり寮に帰って、一人では他にすることもないのでさっさと宿題を済ませたりして時間を過ごすことになる。 そうして夕飯前にはすっかりやることがなくなって、部屋でぼんやり過ごす・・・というのが最近の日常だ。 「・・・・・」 今日も今日とて、特別身が入る訳ではないけれどなんとなく明日の授業の予習まで済ませてしまった古典の教科書とノートを閉じて、ほう、と大きくため息をひとつ。 そうして視線を上げて壁に掛かった時計を確かめれば。 「・・・・・あ」 既に食堂で、夕飯が始まっている時間である。 今日は、七条さんに会えるかな・・・? 会えるかもしれないと考えると、それだけでほこりと頬が柔らかく和んだ。 そんなこんなで学内全部がなんだか慌しい今現在、唯一七条の姿を見かけて声を掛けられて遠慮なく話をできる機会は、食堂で顔をあわせる食事の時間だけだった。 だから、どうか。 ちょっとでも、会えますように・・・。 そう、頼もしい己の運に願をかけてから。 啓太はえいと勢いをつけて、椅子から立ち上がると部屋を出た。 その運が、作用したのかどうなのか。 「あ・・・・・七条さん!」 食堂へ向かう廊下の途中で、正面から少々俯き加減で歩いてくる七条の姿を見つけた啓太は、ぱあと表情を明るくして七条の元へと駆け寄った。 そうしてもうすぐ手が届く寸前の距離まで近づいたところで。 俯いたまま顔も上げずにいて啓太の存在に気付いているのかどうかも分からない様子の七条が、突然よろりらと斜めに体勢を崩して、そのまま脇の壁へと激突しそうになる。 「し、七条さ・・・・・っ、ぇ? ぅ、わっ?!」 驚いた啓太は目を剥いて。 無謀にも、自分よりも優にひと周りは大きくウェイトもある七条の身体を受け止めようと咄嗟に動いた。 次の瞬間。 「ぅ、っ!」 むぎゅ、と。 壁と七条の身体の間に挟まれて、身動きが取れなくなる。 「―――――・・・・・、し、ち、じょうさん。だ、大丈夫、ですか?」 ぺたんこにされて虫の息になりながら。 それでも様子のおかしい恋人を気遣って顔を見上げる啓太を見下ろすのは。 「・・・ええ、もう大丈夫です」 ふふ、と。 いたずらの成功を喜ぶような顔をして、とても機嫌よく背中の羽をぱたぱたとさせている悪魔の笑み。 「っ、!」 からかわれたのだと知ってかああと頬に血が上り。 次いで抗議をしようと大きく息を吸ったところで。 「すみません。伊藤くん不足で、少しめまいが」 柔らかな声が囁いて。 とろりと、啓太を映す淡い色の瞳が甘さを増す。 それだけでもとくんと鼓動が騒いで息を呑んでしまうというのに。 「でも、こうして・・・」 七条はするりと背中に回した腕で、やんわりと啓太の躰を胸のうちへと抱き寄せた。 「しっかり補充をさせてもらいましたから」 もう大丈夫、と。 吐息も触れてしまいそうなこんなにも近い距離で、本当に本当に嬉しそうなこんな笑顔を、見せられてしまったら。 「――――――・・・・・もう、七条さんは・・・」 声を発するために吸った息がぷしゅうと口から抜けてしまって。 一緒にすっかり力まで抜けてしまった啓太は、七条の胸許にことりと額を押し当てた。 だって、そうして伝わるぬくもりは、確かに啓太にも今の今まで足りていなかったもので。 確かにめまいを起こしてしまいそうなくらい、恋しく想っていた存在感。 たまには顔を合わせずにいることも。 もしかしたら想いを深めるための、単なるアイテム。 人通りのないのをよいことに、もう少しだけ。 お互いのぬくもりを、こっそりと補充中―――― |